投稿日:2019年06月09日 15:14 文字数:2,431
穴のあいた黒真珠
ワッカ視点。※匂わせ程度ですが死ネタ注意。これまでの23年間に恋人の一人や二人いてもいいよな、と思う。
夢小説作品
この作品は下記の登場人物の名前を変換することができます。
砂浜での走り込みに、パスやシュートの基礎練習。いつも通りの練習風景をぶち壊すようにメルが走ってきて俺に飛びついた。
「ワーッカ! 今晩、私の部屋に来てね」
途端に練習の手が止まって砂浜が騒がしくなる。
「今夜はお楽しみか」
「ほー、いい御身分だなあ」
「俺も彼女ほし~……」
「やっぱ勝てないとモテないんじゃないか?」
「じゃあなんでワッカさんには彼女がいるんだ?」
背中にメルをぶら下げたまま睨みつける。
「いやキャプテン、冗談っすよジョーダン……なあ?」
曖昧に頷き合いながら全員砂浜に散っていった。
ったく、せっかく真面目に練習してたってのに。
とりあえず俺の背中にはりついたままのメルを引き剥がして文句を言っておく。
「おっまえ、あいつらの前で何言ってんだよ!」
「みんなの前で言わなきゃ意味ないじゃん」
「はあ?」
そういう個人的なことをみんなの前で言う方が意味分かんねえんだが。
俺がピンときてないのに気づき、メルは砂浜を走る一人を指差した。
「チャップがいるからでしょ」
それから今度は村の方を指す。
「せっかくルーが帰って来てるのに。チャップから『俺、今日はルーの部屋に泊まってくる』なんてワッカには言いにくいじゃない」
「う……そりゃまあ、そうだ」
「ワッカだって自然に『メルんとこ行ってくる』ってチャップに言えないでしょ?」
「……」
ごもっともなご意見に黙らざるを得なかった。
ルールーは、よくビサイドを出てふらふらといろんなところを旅してくる。
つっても精々が幻光河くらいまでの旅路だが、滅多に外には出ない他のやつらに比べると家にいることは少なかった。チャップと一緒にいる時間も短い。
俺が出かけてやりゃ、チャップのやつも気兼ねなくルーをうちに呼べるわけだ。それを見越してメルは俺を自分の家に呼んだわけか。
ニコッと可愛らしく微笑むと、メルはわざと浜辺中に聞こえる声で叫んで手を振った。
「じゃ、今夜待ってるからねえ!」
背中に視線が突き刺さるのを感じた。
「……気楽に言ってくれるぜ、ったくよぉ」
理由が分かって納得してもすんなり実行できるかどうかはまた別問題だ。
俺だって全員に把握されながらメルの家に泊まりに行くのは、結構勇気がいるんだぞ。
夜、メルの部屋に入るなりせめて心の準備くらいさせろよなと文句を言う。
公衆の面前で俺を呼ぶなら呼ぶでも、事前に相談しといてくれりゃあいいだろうに。
「それっくらい、『おう、楽しみに待ってろよ』で済ませればいいじゃない。意気地無し」
「うるせー。そんな簡単にいくか」
「はあ~、まったく、こんな調子でいつになったらプロポーズしてもらえるんですか~」
非難がましく睨んでくるメルから目を逸らした。メルは構わず俺の視線の先に回り込んできて続けた。
「あんまりほっとかれたら他の男に靡いちゃうかもよ?」
「他にいいやつがいたらそうしろよ」
そう言った途端にメルの拳が肩に飛んできた。
「いって! なんで殴る!?」
「他の男なんかにやらねー! って止めるべきところでしょ、今のは」
「べつに、俺に遠慮なんかすんなっつー話だ」
そいつがなんか問題のあるやつならもちろん止めるが、メルを幸せにしてくれるやつなら、それはそれで……構うこっちゃねえだろ。
夜も更けてきて二人で寝転がっていると、メルの胸元にあるべきものがないことに気づいた。
「メル、あれどうしたんだ? 黒真珠のペンダント」
「ん?」
言われて初めて気づいたように自分の体を探り、メルが首を傾げる。
「泳いでるときになくしちゃったかな」
「ってお前、あれおふくろさんの形見じゃねえか!」
わけもなく焦る俺に反して、とうのメルは落ち着き払っていた。
「いいんだよ。ほんと言うと、いつかなくしちゃわないかなって思いながらつけてたし」
「なんだぁ、そりゃ?」
この世に一つしかない大事なもんだってのに、なくしたかったってのか?
メルはペンダントの代わりとばかりに俺の腕をとって自分の首に回す。そのまま抱き締めてやると安心したように息を吐いた。
「あれをつけてると、お母さんのこと何も覚えてないのをずっと意識させられて辛かった。……なくしちゃったものは取り戻せない。だから、さっさと忘れて、気持ち切り替えないとね」
「……そういうもんか」
俺は両親の形見になるようなもんを持ってない。二人とも、チャップ以外の何も遺さずに逝っちまったからな。
悲しいことを思い出させる品があったらあったでつらいもんなのか。
今度のトーナメントでルカに行ったら新しいのをなんか買ってやるかな、とか俺が考えていたときだった。
「もしワッカがいなくなったら、私はすぐ新しい人を見つけて好きになるよ」
「んあ? ……お前さりげなくひでえこと言うな」
「だからさ、私がいなくなったらワッカもそうしてね。すぐに誰かを好きになって、新しい人生を歩んでね」
そうして幸せになってねと奇妙に切ない笑顔を見せて、メルは眠りについた。
結局あれから、新しい何かを買ってやる暇はなかったな。
練習に身が入らなくて浜辺をぶらぶら歩いてたら、キラッと光るものがあって思わず駆け寄った。
紐を通すための穴があいた黒真珠。あいつの母親の形見……だったもの。今は違う。黒真珠はもう一つ重たいものを背負っていた。
誰かを好きになって、新しい人生を歩んでね。幸せになってね。……言うのは簡単だよな。けど俺はメルとそうなるつもりで生きてきたんだ。
「んな簡単に、切り替えられっかよ……」
見つかったのは新しい人生じゃなくて過去を思い起こさせるこの黒真珠だ。でも俺は、メルとは違う。これを絶対になくさない。
新しい人生なんかいらねえ。変わってたまるかよ。俺はずっと、こいつを見てメルのことを思い出して生きていく。