刀剣乱舞にっかり青江で文字書き中。創作審神者(♂)と弓箭女士がいる独自本丸+ときどき他所さまの本丸でにかさに。基本シリアスで独自本丸ものはファンタジー色強めになると思います。

遠い昔に一次創作していた文字書きで、2年前、黒バス伊月くんで突然二次創作に目覚めて創作活動をン十年ぶりに再開しましたが、こちらは当面とうらぶ専用。
#にっかり青江版創作60分一本勝負への投稿は今まで通りぷらいべったーですが、加筆修正したものを順次こちらで公開する予定です。

投稿日:2019年04月22日 00:25    文字数:8,648

刀剣弓箭譚 2 ー菖蒲月朔日、ハンショウノハオトー

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とある男性審神者の本丸で出会った、にっかり青江と弓の娘の物語。

青江と弓の娘のふたりを中心に物語が綴られていきます。

タイトルがカタカナなのは「半宵」と「半鐘」、「羽音」と「葉音」がくるくると廻りゆく感じなので…本にする機会があれば鏡文字的なものとか回転させるとか、いろいろ遊びたくて付けました。
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  天地あめつちの共に久しく言い継げと
  このくし御魂みたまかしけらしも
   万葉集巻五・八一四

 山上憶良は訪れたその地の伝承を聞いてこの歌を詠んだということだけど、あの磐座にはどんな神が降り立っていたのだろう。いつか、主に訊いてみようか。
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 結局、夜が明け、陽が高く昇った後も、僕はあの娘と対面することはなかった。主が本丸ここに戻ってこられないのだ。現世あちらでの手続きに手間取っているあいだに政府から余計な仕事を押しつけられたとかで、長谷部クンから蜂須賀虎徹に何時戻れるかわからないと愚痴めいた連絡が入ったのは翌日も大分遅くなってからだった。
 あの晩、やしろで祭りが執り行われていたことは皆に伝えた。僕は幽霊斬りの刀だし、妖怪や動物たちのこの世のものならざる姿を見たところで誰も怪しまないから、音や人影についてもそのせいかもしれないとすんなり受け入れてもらえたようだった。だってさ、あれは主が寄進した社だ。その山に生きるものたちが集まって神楽を奉納していたってことは、この地に主が受け入れられたことにもなるわけだから、歓迎されるのはいいことだろう? それに、あの娘が約束を守っているのであれば、主が戻ってくるまで――娘の言葉を信じるなら主があの娘を僕らに紹介するまで――不用意に出歩くことはないだろうからね。もしあの言葉がその場凌ぎの出任せで、娘はさっさとここから逃げ出すのならそれはそれでいい。そう思えたからこそ、娘のことを僕は誰にも言わないでいた。その代わりに、僕は夜通し見回りを続けた。何かあったら僕の責任だからね。あれ以降、本丸で怪しい音がしたり、見知らぬ人影が目撃されたりはしていない。少なくともあの娘がふらふらと出歩いたりはしていない証だ。もしあの娘が何かを企んでいて本丸に留まっていたとしても、僕ら刀剣男士の手に掛かれば造作もなく退けられるだろう。でも、事情を知らなければ、突然現れた年若の娘を斬り捨てるのは躊躇われるだろうなあ。だから、そのときは僕が斬る、そう心に決めていた。
 あの晩の池田屋調査以降、僕ら比較的夜目の利く刀に出陣の命は下っていない。遡行軍の討伐ではなく、調査を第一の目的とした任は政府からの要請ではあるものの、最終的には主の立案なしには出陣できないため、主の不在はすなわち本丸での待機を意味するからだ。もちろん、政府から直接下される遡行軍討伐要請については、主が不在でも出陣可能だ。ちょうど今、政府は各本丸に大阪城の地下探索の命を出していた。当初は僕ら短刀や脇差、打刀も部隊に加わっていたが、階層が深くなるに連れどうしても打撃力不足は否めず、今は大太刀、太刀、そして練度の高い打刀が交代で出陣している。それでも現時点で判明している最深部近くは、この春に発足したばかりの僕らの本丸には手に余るものだった。一階層を撃破する度に一度帰還しては部隊を編成し直し、傷付いた刀は手入れ部屋へと向かう。主不在の今、蜂須賀虎徹が自らも出陣しながら編成を回している。僕の力が及ばないのはなんとも歯がゆい。が、こればかりはどうしようもない。自らをわきまえずに勇んで打って出ても、ただ仲間の足手纏いになるだけだし、ね。代わりに、編成から外れている刀たちは本丸での仕事を進んでこなし、出陣する刀が戦に専念できるように努めていた。戦う以外は人と同じように暮らしているのだ。衣食住すべてにおいて、この本丸を維持するためにするべきことはたくさんあるのだ。
 それは、あの娘と言葉を交わしてから迎えた四度目の夜だ。主はようやく戻れることになったらしい。明日の朝、広間に集合するよう指示があったと蜂須賀から号令が掛かった。陽が暮れてからしばらくの間、母屋は出陣待ちの大きな刀(大太刀や太刀)で賑わっていたが、今は出入りする刀もなく静まりかえっている。
 数多生命が満ち始め、五月雨さみだれ――なる水垂みだれ――を迎える月。けれど、万物がその生命を謳歌していく反面、目に見えないところでは陽が極まり陰へと転じる忌月いみづきの始まりでもある。新月の夜はいつにも増して静かで、耳に届く音が少ないぶんだけ神経を張り詰めなくても本丸の様子が手に取るようにわかる。恵みの雨の到来はまだ遠く、今宵本丸を渡る風は清々しかった。静まりかえった本丸に響くのは木々のざわめきと小川のせせらぎだ。
 そんなとき、裏手で水が弾けるような音がしたかと思うと、忙しない羽音が響いた。こんな時間に水鳥だろうか。僕は不審に思って母屋の裏手へと向かった。
 母屋と裏手の山のあいだには小さな川が流れている。この本丸では厨の後ろに小さな水車を設えて、川から汲み上げた水を煮炊きや風呂、洗濯に使っている。鳥の気配はその水車の奥だ。僕が近付くと、その羽音がぱたりと止んだ。次の瞬間、一羽の鳥が水車の脇から飛び立ったかと思うと、その場でずっと大袈裟に羽ばたいている。一体どうしたことかといぶかって近付くと、そこには今にも川へと落ちそうに倒れている人影があった。まさか……僕は急いで駆け寄るとその横たわる身を抱えるように川辺から引き上げた。
 新月の夜だからといって闇夜とは限らない。星明かりの下、その背格好は見慣れた刀剣男士のものではないことは明らかだった。
「どうしたんだ!」
腕の中へと抱き起こしたのは四日前に言葉を交わしたあの娘だ。肩に回した腕でその身をゆすり、声を掛けるが返事はない。呼気はしっかりとあり、その様子には苦しんだ気配がないことに少しほっとする。
「おい、大丈夫かい?」
人の身を得てふた月が過ぎようとしているが、娘のその身の扱いを男士のそれと同じくしてよいものか判断しかねる。何しろ今までこの本丸に女人がいたためしなどなかったのだ。果たして力加減が相応しいのかわからぬまま、躊躇いがちに僕は娘の頬を叩いた。
「しっかりしろ」
「ん……」
娘の眉間に僅かに皺が寄る。安堵の溜め息が自然と僕の口をついて出た。
「わかるかい? 僕だ」
娘の睫毛が揺れる。薄目ながらも僕を認めると娘は慌てて起きようとしたが、首をわずかに上げることしかできずにいる。
「ご、ごめんなさい……出歩かないって、約束……守らなくて……」
「今はいい。君を見つけたのが僕だったから」
娘は安心したように少し微笑むと、がくりとその首を僕の胸に落とした。身の縮む思いとはこういうことを言うのだろうか。もしこのまま娘が目を開けなかったらどうすればいいのだろう。
「お、お水……」
突如僕に湧き起こった不安は、娘の消え入りそうな声で辛うじて消えてくれた。慌てて辺りを見回すと、娘が倒れていた傍らに草の不自然な塊が目に入る。拾い上げれば、それは草の葉を編んだ小さな器だった。娘はこれで川の水を汲もうとしていたのだろうか。僕は娘を抱えたまま川面に向かって慎重に身を屈め、水を掬い上げた。が、どうしたものか。娘はぐったりと僕の腕の中に横たわっている。そういえば、人がその身を維持する上で水がとても重要だということを薬研がことあるごとに僕に言い聞かせた時期があったっけ。僕は娘と手の中の水とを何度か見遣る。迷っている暇はないな。僕は恐る恐る娘の口元へとそれを運んだ。僅かに開かれた口へとひと雫、ふた雫と慎重に水を滴らせる。娘はあれから一言も口をきかず、瞼を閉じたまま身動き一つしていない。こんなやり方で飲んでくれるだろうか。いくつの雫をその唇の狭間に落としたろう。娘の喉を通ることなく口を満たした水が口端から溢れる。駄目なのか。思わず腕に入った力が娘の身体をわずかに揺らした。その拍子に娘の喉が小さく上下したかと思うと、途端に噎せて激しく咳き込んだ。
 娘は苦しそうだったが、僕はそれよりも娘の意識が戻ったことのほうに安心した。同時に、水を受け入れた娘のその華奢な喉に愕然とした。弱々しいわけではない。だが、細い。あまりに細いのだ。この目の前の娘に比べれば、あの宗三左文字の首でさえ逞しく思えることだろう。いや、本丸ここには短刀のように見るからにこの娘より幼い身を持つ刀もいる。だが幼いといえ刀である。手合わせで組み合うこともあるがこんな風に感じたことはない。ついさっき、娘の頬を打つ加減を誤らなくて良かったとつくづく思う。僕は咳き込んでいる娘の身を起こしてやり、背をさすった。
「すまない。どう水を飲ませたものかわからなくてね」
「いいえ、ありがとう……」
胸に手をやりそう返す娘の声はさっきよりしっかりとしていた。
「もう少し飲むかい?」
僕はもう一度水を汲むと娘に手渡した。
  あの夜の邂逅を今一度思い返す。あの晩、主は政府からの急な呼び出しで現世へと慌ただしく出掛けていった。そして予想外の足止めを現世で喰らっている。娘の言う通り、主が自らこの娘を本丸へ連れてきたとして、ここでどう過ごすか伝える暇もなかったのか。腕の中の娘はどことなく窶れたように感じる。
「青江さま……主さま、いつお戻りに……戻ってらっしゃいますよね?」
ああ、やはりこの娘は何も知らぬままだったのか。僕はこの娘が主に仇為す存在なのかどうかにしか興味がなかった。重要なのは敵か味方かだったといえ、娘がどうこの四日間を過ごしているかに思い至らなかったのは迂闊だった。
「ごめんなさい……お部屋にあったお水もなくなってしまって……わたし、どうしてもお水……」
「話さなくていい。あの晩は主の留守がこんなに長くなるなんてわからなかったんだ。気が回らなかった僕が悪い」
まだ正体はわからないが、主が自らこの本丸に連れてきた娘なのだ。何かあったらどうすればいいだろうかと、焦りにも似た感情が湧き起こる。
「わたし……主さまに、もう……一度、お目にかかれない……まま消えちゃう……のかな」
僅かでも力が戻ったように見えた瞳がゆっくりと閉じられ、僕の肩に崩れるように娘の額が押し当てられる。
「君! 戻ってくるよ、主は。明日の朝には戻ってくるんだ。だから」
僕は慌てて娘の両肩を掴み呼びかけるが、弱々しく瞼を開けるだけで、娘の身体に力は戻らない。ああ、どうしたらいい。
 そのときだ。僕らのあいだで、あまりにも場違いな虫の音が盛大に響いた。そう、虫は虫でもこの音は――腹の虫、だよね。僕の腹が鳴ったのでなければ……。
「君、本丸に来てから何か食べたかい?」
自分が発した声の大きさに、僕は自分でも驚いた。娘もハッとしたように僕に意識を戻した。
「たべた……たべた? たべる、って?」
ああ、そうだよね。それをわかっていたなら、人前で盛大に腹の虫を鳴らして何の反応もないことはないだろうし。
「大丈夫、君はこのまま消えやしないさ」
にっかりと笑う僕を、君は不思議そうに見つめ返す。
 そうさ、きっと君はこのまま消えたりなんかしない。
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「おや、貴方が物好きなのは知ってましたけど、こんな闇夜に出歩くなんて酔狂な」
僕が厨に足を踏み入れると茶の間に囲炉裏端から宗三左文字が僕を一瞥して声を掛けてきた。実は僕は少しほっとした。彼は興味本位であれこれ詮索したりはしない刀だからね。
「今夜は君が竈番か」
「ええ……僕では大阪城の最深部探索は無理ですからね。籠から解き放たれたとは言え、結局は本陣に籠もっているのがお似合いなんですよ、僕は」
宗三左文字は、義元左文字とも呼ばれる打刀だ。そう、今川義元の義元だけど当時は太刀。今川を討ち取った戦利品として織田信長の所有になって打刀に擦り上げられたんだけど、そのときご丁寧にも信長は自分の名前を金象眼で彼に刻んだんだ。そして豊臣、徳川と覇権を手中に収めた者たちの手から手へと受け継がれていった。宗三クンは権力の象徴とされた自分を皮肉を込めて籠の中の鳥と言う。
「貴方だって、今の僕が主の役に立てているなんて思っ……」
宗三クンは僕のほうへ顔を向けると言葉を止めた。僕は宗三クンのその口癖に、自分を卑下する匂いを感じることはない。僕は何も言わず宗三クンを見つめ、言葉の続きを待った。
「貴方はそんな風には思わないんでしたね」
そううそぶくと、宗三クンはふいっと視線を逸らした。宗三クンの視線の先では小夜左文字がうたた寝している。宗三クンは自分の前掛けを解くと小夜クンの肩をふわりと包んだ。普段のぶっきらぼうで醒めた口調とは裏腹に、その仕草からは愛おしさとでもいうものが伝わってくる。刀の僕らでもそんな表情ができるんだね。感心したような笑みが僕の口端に登った。口にこそしなかったその言葉が宗三クンに届いたのかわからないけど、宗三クンは僕の方へ向き直るとわざとらしいくらい素っ気なく言い放った。
「貴方もこのところ出陣していないのでしょう? こんな時間の厨に何の御用が」
「うん、まあ戦に出ずとも主の役に立つには何ができるかって、君と同じくらい僕も考えてるってことさ」
宗三くんは袖を摘まむと口元を隠すように顔に引き寄せ、片眉を上げながら忌々しそうな視線を僕に向けた。僕は気にせず続ける。
「ほら、夜なら僕に任せてって……自負もあるからね。このあいだ怪音騒動もあったことだし、見廻りだよ」
「そういえば、そんなこともありましたねえ。あれ以降、騒ぎはないようですけど」
そりゃ、そうさ。あの娘はあの晩、僕と約束したあとは無闇に出歩いたりしなかったんだから。
「そうだね。でも今夜は新月だろ? 本丸内を彷徨っていたのさ、僕を闇に誘う影を求めて、ね。ただかなりの恥ずかしがり屋なのか、なかなか出てきてくれなくてねえ。どうにもこうにもこの身を持て余しはじめてしまんだよ。だから、せめて満たされないこの腹を――」
「はいはい、貴方の御託はもう結構です。まったく……ついこのあいだまで寝食に無頓着な余りよく叱られていた貴方が夜食を漁りになんてねえ、随分な変わりようですこと」
宗三クンは呆れたように僕に哀れみの目を向けたかと思うとそのまま僕の脇をすり抜けていく。
「僕はお小夜の布団を部屋から取ってきますから、それまでここをお願いできますか?」
振り向きざまに宗三クンが僕に投げた言葉には棘はなかったが、その瞳は何か思わせぶりだった。それでも僕がただにっかりと笑ってみせると、宗三クンは少し目を細めてそのままひらりと出て行った。さすがに少しわざとらしかったかなあ。まあ、布団ならここの隣の部屋にだってあるっていうのに、こうして放っておいてくれるのが宗三クンなんだ。
 僕は囲炉裏の傍で丸くなっている小夜クンを視界の端に置いたまま、戸棚のお櫃に手を伸ばした。
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「これを?」
「そう、食べるのさ。君がね」
僕は社殿の石段に座り僕を待っていた娘に、手の中の握り飯を差し出した。
 水車の脇に倒れている娘を見つけたあと、僕は娘をこの神社に運んだ。弱った娘を川岸でひとり待たせるのは躊躇われたし、闇夜だからって本丸の中では誰かに見つからないとも限らない。あの夜、娘が祈りを捧げていたこの場所なら、ご祭神の加護くらいあるだろうと考えたんだ。それに、この山に属するあのいきものたちはこの娘に害を為さない、そう感じたからでもある。ここなら娘も安心して僕が戻るのを待てるだろうしね。それから僕は宗三クンが竈番を務める厨へ出向き、握り飯を用意してここに戻ってきたんだ。
 「あの……さっきちゃんとお水飲んだし、夜が明けてお陽さまの光をたっぷり浴びたら元気になると思うんだけど。それじゃだめなのかしら」
訝しがるというより、きょとんとした娘の眼が握り飯と僕の顔とを行ったり来たりしている。
「君が僕らと同じなのかはわからないけど。前に主が言ったんだよ、僕に」
主という言葉に娘が目を見開いた。この娘が、主に何かしら縁があるのは確かなのだと改めて感じる。
「人ならざるものが人の姿を留め置くには、人と同じく暮らすのが一番手っ取り早しらしい。僕も最初は慣れなくてね。そしたら主がこれだけはまず守るように、って。食べることと眠ること。主がするのと同じように」
「食べることと、眠ること」
娘は胸に手を置き、僕が口にした言葉をまるで味わうかのように繰り返すと、ようやく合点がいったのか、小さく息をつき口端をわずかに引き上げた。
 こんな笑い方もあるんだな。それは僕の中に刻まれている「にっかり」とした笑みとはまるで違っていて、こちらに何かを訴えてくるわけでもなく、ただそこに静かに佇んでいるだけのものなのに、何故か僕の心を揺らす。どこかで見た表情だね……ええと、そう……数珠丸の笑みに似ているんだ。数珠丸恒次、僕の兄弟。もちろん僕ら刀剣に血の繋がりなどというものがあるわけではない。兄弟というのは、つまり刀派が同じということだ。その中でも同じ時代同じ鍛冶から生み出された刀剣もあれば、刀派が同じというだけで作り手も作られた時代もまるで異なる刀剣もいる。僕と数珠丸は後者の兄弟だ。要するに僕らの繋がりはあまり濃くはない。幽霊とはいえ女子供を斬り捨てた僕とはあまりに対照的に、仏の道に仕え続けている数珠丸は、日常では常に菩薩像のような穏やかな笑みを湛えている。ただ、似てはいるけれど、娘のその笑顔は数珠丸のそれよりも生命力に満ちているような、なんと言ったらいいのだろうか、そうか、これが「にっこり」笑うということなのかもしれない。そんなことを思った。
「じゃあ、ありがたく――いただきます」
娘は握り飯を膝に置くと恭しく手を合わせる。
「そういえば、いつも食事の時に主も同じようにするけれど、どうして手を合わせるんだい?」
娘は手を下ろしてこちらを見た。
「だって、命をいただくんですもの」
ああ、今度は数珠丸のような笑みだ。あの晩に比べて娘の表情は変化が穏やかだけれど、どうしてだろう、目が離せない。娘は両手で包むようにして握り飯を持ち上げ、ゆっくりと口へ近づけると、小さく開いたその唇が僕の拙い握り飯をほろほろと崩して、飯粒が口の中へと運ばれていく。その一口が喉元を落ちていくと、娘はその手を膝に戻してほぅと息をついた。
「春の息吹、芽吹きの味がする」
娘がにっこりと僕に笑いかける。
「ああ、蕗味噌を塗ったんだ。今年摘んだ蕗で作ったものだけど、もう残りわずかなんだ」
「まあ、それをわたしに?」
「もし君が人がするようにものを食べるのが初めてなら、これがいいんじゃないかと思ってね」
「雪解けと春の匂い……」
「ああ……それを食べて元気にならないわけがない。僕が握ったものだしね」
娘は僕の言葉に頷くと、黙々と握り飯をその腹に収めていく。最後の言葉は不意に口を突いて出たのだけれど、そういえば僕はなんだってこの娘のために真夜中に言い訳をしてまで厨に握り飯を作りに行くなんてことをしたんだろう、と不思議な気持ちになる。
(僕に興味があるのかい?)
いつだったか、主がじっとこちらを見ているとき、僕はそう尋ねたことがあった。うん、多分それに近い感情なんじゃないかな。理由はまだわからないけど、僕はこの娘に興味がある。そしてそれは嫌な感情ではない。いずれにせよ、夜が明ければ主は帰ってくるのだから、ゆっくり様子をみればいい。
「ごちそうさまでした」
娘は米粒ひとつ残さずきれいに平らげると、また両の掌を合わせた。
「気に入ってくれたかい?」
「ええ、なんだかおなかから力が湧いてくるみたい」
「ならよかった。残念なのは来年まで作れないってことかな」
「そうね、もうとうがたってしまっているものね。でも……たぶんこれに似たものは作れるわ」
「本当かい?」
僕は目を丸くした。主も歌仙クンも来年の春までおあずけだと言っていたからね。
「ええ、お山にたくさんあるもの。もう少し、そう軽やかで爽やかな感じになると思うけど」
娘は星の瞬く夜空を仰ぐ。
「お日さまが昇れば主さまに会えるのね」
「ああ」
ふたりとも黙ったまま行き過ぎる風を全身で感じている。社には娘と僕しかいないはずなのに、あたりは命で満ちていた。しばらくして、ふと娘がこちらを向いた。
「えと、主さまのお側にいるために大切なのは、食べることと……」
「眠ること」
「夜に、人は眠るのね」
「そうだね」
「わたし、すっかり夜更かしさせてしまったわ」
娘は心配そうな顔で僕を覗き込む。
「構わないさ、僕が自分でやったことだ」
そう告げると娘は安心したように少しはにかんでみせた。
「夜明けまではまだ少しあるわ。どうかもう休んで。わたしは大丈夫」
そう告げると娘が立ち上がった。不意に山の木々がざわめく。葉を揺らし、枝が大きくしなるさまに一瞬だけ意識をそちらに逸れる。
「風が強くなってきたね」
そう言って娘に視線を戻すが、そこにはもう娘の姿はなく、ただ風に運ばれた細く長い葉が落ちているだけだった。
「今夜は、助けてくれてありがとう」
風に紛れて、娘の声が届く。娘が石段を降りていく足音は確かに僕の耳に届いているのに、その姿はどこにもない。
 夢でも見ていたんだろうか。もう一度、さっきまで娘がいた僕の隣に目を遣る。残された葉の脇を若い蟷螂がゆっくりと横切っていった。
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  このくし御魂みたまかしけらしも
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 山上憶良は訪れたその地の伝承を聞いてこの歌を詠んだということだけど、あの磐座にはどんな神が降り立っていたのだろう。いつか、主に訊いてみようか。
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 結局、夜が明け、陽が高く昇った後も、僕はあの娘と対面することはなかった。主が本丸ここに戻ってこられないのだ。現世あちらでの手続きに手間取っているあいだに政府から余計な仕事を押しつけられたとかで、長谷部クンから蜂須賀虎徹に何時戻れるかわからないと愚痴めいた連絡が入ったのは翌日も大分遅くなってからだった。
 あの晩、やしろで祭りが執り行われていたことは皆に伝えた。僕は幽霊斬りの刀だし、妖怪や動物たちのこの世のものならざる姿を見たところで誰も怪しまないから、音や人影についてもそのせいかもしれないとすんなり受け入れてもらえたようだった。だってさ、あれは主が寄進した社だ。その山に生きるものたちが集まって神楽を奉納していたってことは、この地に主が受け入れられたことにもなるわけだから、歓迎されるのはいいことだろう? それに、あの娘が約束を守っているのであれば、主が戻ってくるまで――娘の言葉を信じるなら主があの娘を僕らに紹介するまで――不用意に出歩くことはないだろうからね。もしあの言葉がその場凌ぎの出任せで、娘はさっさとここから逃げ出すのならそれはそれでいい。そう思えたからこそ、娘のことを僕は誰にも言わないでいた。その代わりに、僕は夜通し見回りを続けた。何かあったら僕の責任だからね。あれ以降、本丸で怪しい音がしたり、見知らぬ人影が目撃されたりはしていない。少なくともあの娘がふらふらと出歩いたりはしていない証だ。もしあの娘が何かを企んでいて本丸に留まっていたとしても、僕ら刀剣男士の手に掛かれば造作もなく退けられるだろう。でも、事情を知らなければ、突然現れた年若の娘を斬り捨てるのは躊躇われるだろうなあ。だから、そのときは僕が斬る、そう心に決めていた。
 あの晩の池田屋調査以降、僕ら比較的夜目の利く刀に出陣の命は下っていない。遡行軍の討伐ではなく、調査を第一の目的とした任は政府からの要請ではあるものの、最終的には主の立案なしには出陣できないため、主の不在はすなわち本丸での待機を意味するからだ。もちろん、政府から直接下される遡行軍討伐要請については、主が不在でも出陣可能だ。ちょうど今、政府は各本丸に大阪城の地下探索の命を出していた。当初は僕ら短刀や脇差、打刀も部隊に加わっていたが、階層が深くなるに連れどうしても打撃力不足は否めず、今は大太刀、太刀、そして練度の高い打刀が交代で出陣している。それでも現時点で判明している最深部近くは、この春に発足したばかりの僕らの本丸には手に余るものだった。一階層を撃破する度に一度帰還しては部隊を編成し直し、傷付いた刀は手入れ部屋へと向かう。主不在の今、蜂須賀虎徹が自らも出陣しながら編成を回している。僕の力が及ばないのはなんとも歯がゆい。が、こればかりはどうしようもない。自らをわきまえずに勇んで打って出ても、ただ仲間の足手纏いになるだけだし、ね。代わりに、編成から外れている刀たちは本丸での仕事を進んでこなし、出陣する刀が戦に専念できるように努めていた。戦う以外は人と同じように暮らしているのだ。衣食住すべてにおいて、この本丸を維持するためにするべきことはたくさんあるのだ。
 それは、あの娘と言葉を交わしてから迎えた四度目の夜だ。主はようやく戻れることになったらしい。明日の朝、広間に集合するよう指示があったと蜂須賀から号令が掛かった。陽が暮れてからしばらくの間、母屋は出陣待ちの大きな刀(大太刀や太刀)で賑わっていたが、今は出入りする刀もなく静まりかえっている。
 数多生命が満ち始め、五月雨さみだれ――なる水垂みだれ――を迎える月。けれど、万物がその生命を謳歌していく反面、目に見えないところでは陽が極まり陰へと転じる忌月いみづきの始まりでもある。新月の夜はいつにも増して静かで、耳に届く音が少ないぶんだけ神経を張り詰めなくても本丸の様子が手に取るようにわかる。恵みの雨の到来はまだ遠く、今宵本丸を渡る風は清々しかった。静まりかえった本丸に響くのは木々のざわめきと小川のせせらぎだ。
 そんなとき、裏手で水が弾けるような音がしたかと思うと、忙しない羽音が響いた。こんな時間に水鳥だろうか。僕は不審に思って母屋の裏手へと向かった。
 母屋と裏手の山のあいだには小さな川が流れている。この本丸では厨の後ろに小さな水車を設えて、川から汲み上げた水を煮炊きや風呂、洗濯に使っている。鳥の気配はその水車の奥だ。僕が近付くと、その羽音がぱたりと止んだ。次の瞬間、一羽の鳥が水車の脇から飛び立ったかと思うと、その場でずっと大袈裟に羽ばたいている。一体どうしたことかといぶかって近付くと、そこには今にも川へと落ちそうに倒れている人影があった。まさか……僕は急いで駆け寄るとその横たわる身を抱えるように川辺から引き上げた。
 新月の夜だからといって闇夜とは限らない。星明かりの下、その背格好は見慣れた刀剣男士のものではないことは明らかだった。
「どうしたんだ!」
腕の中へと抱き起こしたのは四日前に言葉を交わしたあの娘だ。肩に回した腕でその身をゆすり、声を掛けるが返事はない。呼気はしっかりとあり、その様子には苦しんだ気配がないことに少しほっとする。
「おい、大丈夫かい?」
人の身を得てふた月が過ぎようとしているが、娘のその身の扱いを男士のそれと同じくしてよいものか判断しかねる。何しろ今までこの本丸に女人がいたためしなどなかったのだ。果たして力加減が相応しいのかわからぬまま、躊躇いがちに僕は娘の頬を叩いた。
「しっかりしろ」
「ん……」
娘の眉間に僅かに皺が寄る。安堵の溜め息が自然と僕の口をついて出た。
「わかるかい? 僕だ」
娘の睫毛が揺れる。薄目ながらも僕を認めると娘は慌てて起きようとしたが、首をわずかに上げることしかできずにいる。
「ご、ごめんなさい……出歩かないって、約束……守らなくて……」
「今はいい。君を見つけたのが僕だったから」
娘は安心したように少し微笑むと、がくりとその首を僕の胸に落とした。身の縮む思いとはこういうことを言うのだろうか。もしこのまま娘が目を開けなかったらどうすればいいのだろう。
「お、お水……」
突如僕に湧き起こった不安は、娘の消え入りそうな声で辛うじて消えてくれた。慌てて辺りを見回すと、娘が倒れていた傍らに草の不自然な塊が目に入る。拾い上げれば、それは草の葉を編んだ小さな器だった。娘はこれで川の水を汲もうとしていたのだろうか。僕は娘を抱えたまま川面に向かって慎重に身を屈め、水を掬い上げた。が、どうしたものか。娘はぐったりと僕の腕の中に横たわっている。そういえば、人がその身を維持する上で水がとても重要だということを薬研がことあるごとに僕に言い聞かせた時期があったっけ。僕は娘と手の中の水とを何度か見遣る。迷っている暇はないな。僕は恐る恐る娘の口元へとそれを運んだ。僅かに開かれた口へとひと雫、ふた雫と慎重に水を滴らせる。娘はあれから一言も口をきかず、瞼を閉じたまま身動き一つしていない。こんなやり方で飲んでくれるだろうか。いくつの雫をその唇の狭間に落としたろう。娘の喉を通ることなく口を満たした水が口端から溢れる。駄目なのか。思わず腕に入った力が娘の身体をわずかに揺らした。その拍子に娘の喉が小さく上下したかと思うと、途端に噎せて激しく咳き込んだ。
 娘は苦しそうだったが、僕はそれよりも娘の意識が戻ったことのほうに安心した。同時に、水を受け入れた娘のその華奢な喉に愕然とした。弱々しいわけではない。だが、細い。あまりに細いのだ。この目の前の娘に比べれば、あの宗三左文字の首でさえ逞しく思えることだろう。いや、本丸ここには短刀のように見るからにこの娘より幼い身を持つ刀もいる。だが幼いといえ刀である。手合わせで組み合うこともあるがこんな風に感じたことはない。ついさっき、娘の頬を打つ加減を誤らなくて良かったとつくづく思う。僕は咳き込んでいる娘の身を起こしてやり、背をさすった。
「すまない。どう水を飲ませたものかわからなくてね」
「いいえ、ありがとう……」
胸に手をやりそう返す娘の声はさっきよりしっかりとしていた。
「もう少し飲むかい?」
僕はもう一度水を汲むと娘に手渡した。
  あの夜の邂逅を今一度思い返す。あの晩、主は政府からの急な呼び出しで現世へと慌ただしく出掛けていった。そして予想外の足止めを現世で喰らっている。娘の言う通り、主が自らこの娘を本丸へ連れてきたとして、ここでどう過ごすか伝える暇もなかったのか。腕の中の娘はどことなく窶れたように感じる。
「青江さま……主さま、いつお戻りに……戻ってらっしゃいますよね?」
ああ、やはりこの娘は何も知らぬままだったのか。僕はこの娘が主に仇為す存在なのかどうかにしか興味がなかった。重要なのは敵か味方かだったといえ、娘がどうこの四日間を過ごしているかに思い至らなかったのは迂闊だった。
「ごめんなさい……お部屋にあったお水もなくなってしまって……わたし、どうしてもお水……」
「話さなくていい。あの晩は主の留守がこんなに長くなるなんてわからなかったんだ。気が回らなかった僕が悪い」
まだ正体はわからないが、主が自らこの本丸に連れてきた娘なのだ。何かあったらどうすればいいだろうかと、焦りにも似た感情が湧き起こる。
「わたし……主さまに、もう……一度、お目にかかれない……まま消えちゃう……のかな」
僅かでも力が戻ったように見えた瞳がゆっくりと閉じられ、僕の肩に崩れるように娘の額が押し当てられる。
「君! 戻ってくるよ、主は。明日の朝には戻ってくるんだ。だから」
僕は慌てて娘の両肩を掴み呼びかけるが、弱々しく瞼を開けるだけで、娘の身体に力は戻らない。ああ、どうしたらいい。
 そのときだ。僕らのあいだで、あまりにも場違いな虫の音が盛大に響いた。そう、虫は虫でもこの音は――腹の虫、だよね。僕の腹が鳴ったのでなければ……。
「君、本丸に来てから何か食べたかい?」
自分が発した声の大きさに、僕は自分でも驚いた。娘もハッとしたように僕に意識を戻した。
「たべた……たべた? たべる、って?」
ああ、そうだよね。それをわかっていたなら、人前で盛大に腹の虫を鳴らして何の反応もないことはないだろうし。
「大丈夫、君はこのまま消えやしないさ」
にっかりと笑う僕を、君は不思議そうに見つめ返す。
 そうさ、きっと君はこのまま消えたりなんかしない。
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「おや、貴方が物好きなのは知ってましたけど、こんな闇夜に出歩くなんて酔狂な」
僕が厨に足を踏み入れると茶の間に囲炉裏端から宗三左文字が僕を一瞥して声を掛けてきた。実は僕は少しほっとした。彼は興味本位であれこれ詮索したりはしない刀だからね。
「今夜は君が竈番か」
「ええ……僕では大阪城の最深部探索は無理ですからね。籠から解き放たれたとは言え、結局は本陣に籠もっているのがお似合いなんですよ、僕は」
宗三左文字は、義元左文字とも呼ばれる打刀だ。そう、今川義元の義元だけど当時は太刀。今川を討ち取った戦利品として織田信長の所有になって打刀に擦り上げられたんだけど、そのときご丁寧にも信長は自分の名前を金象眼で彼に刻んだんだ。そして豊臣、徳川と覇権を手中に収めた者たちの手から手へと受け継がれていった。宗三クンは権力の象徴とされた自分を皮肉を込めて籠の中の鳥と言う。
「貴方だって、今の僕が主の役に立てているなんて思っ……」
宗三クンは僕のほうへ顔を向けると言葉を止めた。僕は宗三クンのその口癖に、自分を卑下する匂いを感じることはない。僕は何も言わず宗三クンを見つめ、言葉の続きを待った。
「貴方はそんな風には思わないんでしたね」
そううそぶくと、宗三クンはふいっと視線を逸らした。宗三クンの視線の先では小夜左文字がうたた寝している。宗三クンは自分の前掛けを解くと小夜クンの肩をふわりと包んだ。普段のぶっきらぼうで醒めた口調とは裏腹に、その仕草からは愛おしさとでもいうものが伝わってくる。刀の僕らでもそんな表情ができるんだね。感心したような笑みが僕の口端に登った。口にこそしなかったその言葉が宗三クンに届いたのかわからないけど、宗三クンは僕の方へ向き直るとわざとらしいくらい素っ気なく言い放った。
「貴方もこのところ出陣していないのでしょう? こんな時間の厨に何の御用が」
「うん、まあ戦に出ずとも主の役に立つには何ができるかって、君と同じくらい僕も考えてるってことさ」
宗三くんは袖を摘まむと口元を隠すように顔に引き寄せ、片眉を上げながら忌々しそうな視線を僕に向けた。僕は気にせず続ける。
「ほら、夜なら僕に任せてって……自負もあるからね。このあいだ怪音騒動もあったことだし、見廻りだよ」
「そういえば、そんなこともありましたねえ。あれ以降、騒ぎはないようですけど」
そりゃ、そうさ。あの娘はあの晩、僕と約束したあとは無闇に出歩いたりしなかったんだから。
「そうだね。でも今夜は新月だろ? 本丸内を彷徨っていたのさ、僕を闇に誘う影を求めて、ね。ただかなりの恥ずかしがり屋なのか、なかなか出てきてくれなくてねえ。どうにもこうにもこの身を持て余しはじめてしまんだよ。だから、せめて満たされないこの腹を――」
「はいはい、貴方の御託はもう結構です。まったく……ついこのあいだまで寝食に無頓着な余りよく叱られていた貴方が夜食を漁りになんてねえ、随分な変わりようですこと」
宗三クンは呆れたように僕に哀れみの目を向けたかと思うとそのまま僕の脇をすり抜けていく。
「僕はお小夜の布団を部屋から取ってきますから、それまでここをお願いできますか?」
振り向きざまに宗三クンが僕に投げた言葉には棘はなかったが、その瞳は何か思わせぶりだった。それでも僕がただにっかりと笑ってみせると、宗三クンは少し目を細めてそのままひらりと出て行った。さすがに少しわざとらしかったかなあ。まあ、布団ならここの隣の部屋にだってあるっていうのに、こうして放っておいてくれるのが宗三クンなんだ。
 僕は囲炉裏の傍で丸くなっている小夜クンを視界の端に置いたまま、戸棚のお櫃に手を伸ばした。
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「これを?」
「そう、食べるのさ。君がね」
僕は社殿の石段に座り僕を待っていた娘に、手の中の握り飯を差し出した。
 水車の脇に倒れている娘を見つけたあと、僕は娘をこの神社に運んだ。弱った娘を川岸でひとり待たせるのは躊躇われたし、闇夜だからって本丸の中では誰かに見つからないとも限らない。あの夜、娘が祈りを捧げていたこの場所なら、ご祭神の加護くらいあるだろうと考えたんだ。それに、この山に属するあのいきものたちはこの娘に害を為さない、そう感じたからでもある。ここなら娘も安心して僕が戻るのを待てるだろうしね。それから僕は宗三クンが竈番を務める厨へ出向き、握り飯を用意してここに戻ってきたんだ。
 「あの……さっきちゃんとお水飲んだし、夜が明けてお陽さまの光をたっぷり浴びたら元気になると思うんだけど。それじゃだめなのかしら」
訝しがるというより、きょとんとした娘の眼が握り飯と僕の顔とを行ったり来たりしている。
「君が僕らと同じなのかはわからないけど。前に主が言ったんだよ、僕に」
主という言葉に娘が目を見開いた。この娘が、主に何かしら縁があるのは確かなのだと改めて感じる。
「人ならざるものが人の姿を留め置くには、人と同じく暮らすのが一番手っ取り早しらしい。僕も最初は慣れなくてね。そしたら主がこれだけはまず守るように、って。食べることと眠ること。主がするのと同じように」
「食べることと、眠ること」
娘は胸に手を置き、僕が口にした言葉をまるで味わうかのように繰り返すと、ようやく合点がいったのか、小さく息をつき口端をわずかに引き上げた。
 こんな笑い方もあるんだな。それは僕の中に刻まれている「にっかり」とした笑みとはまるで違っていて、こちらに何かを訴えてくるわけでもなく、ただそこに静かに佇んでいるだけのものなのに、何故か僕の心を揺らす。どこかで見た表情だね……ええと、そう……数珠丸の笑みに似ているんだ。数珠丸恒次、僕の兄弟。もちろん僕ら刀剣に血の繋がりなどというものがあるわけではない。兄弟というのは、つまり刀派が同じということだ。その中でも同じ時代同じ鍛冶から生み出された刀剣もあれば、刀派が同じというだけで作り手も作られた時代もまるで異なる刀剣もいる。僕と数珠丸は後者の兄弟だ。要するに僕らの繋がりはあまり濃くはない。幽霊とはいえ女子供を斬り捨てた僕とはあまりに対照的に、仏の道に仕え続けている数珠丸は、日常では常に菩薩像のような穏やかな笑みを湛えている。ただ、似てはいるけれど、娘のその笑顔は数珠丸のそれよりも生命力に満ちているような、なんと言ったらいいのだろうか、そうか、これが「にっこり」笑うということなのかもしれない。そんなことを思った。
「じゃあ、ありがたく――いただきます」
娘は握り飯を膝に置くと恭しく手を合わせる。
「そういえば、いつも食事の時に主も同じようにするけれど、どうして手を合わせるんだい?」
娘は手を下ろしてこちらを見た。
「だって、命をいただくんですもの」
ああ、今度は数珠丸のような笑みだ。あの晩に比べて娘の表情は変化が穏やかだけれど、どうしてだろう、目が離せない。娘は両手で包むようにして握り飯を持ち上げ、ゆっくりと口へ近づけると、小さく開いたその唇が僕の拙い握り飯をほろほろと崩して、飯粒が口の中へと運ばれていく。その一口が喉元を落ちていくと、娘はその手を膝に戻してほぅと息をついた。
「春の息吹、芽吹きの味がする」
娘がにっこりと僕に笑いかける。
「ああ、蕗味噌を塗ったんだ。今年摘んだ蕗で作ったものだけど、もう残りわずかなんだ」
「まあ、それをわたしに?」
「もし君が人がするようにものを食べるのが初めてなら、これがいいんじゃないかと思ってね」
「雪解けと春の匂い……」
「ああ……それを食べて元気にならないわけがない。僕が握ったものだしね」
娘は僕の言葉に頷くと、黙々と握り飯をその腹に収めていく。最後の言葉は不意に口を突いて出たのだけれど、そういえば僕はなんだってこの娘のために真夜中に言い訳をしてまで厨に握り飯を作りに行くなんてことをしたんだろう、と不思議な気持ちになる。
(僕に興味があるのかい?)
いつだったか、主がじっとこちらを見ているとき、僕はそう尋ねたことがあった。うん、多分それに近い感情なんじゃないかな。理由はまだわからないけど、僕はこの娘に興味がある。そしてそれは嫌な感情ではない。いずれにせよ、夜が明ければ主は帰ってくるのだから、ゆっくり様子をみればいい。
「ごちそうさまでした」
娘は米粒ひとつ残さずきれいに平らげると、また両の掌を合わせた。
「気に入ってくれたかい?」
「ええ、なんだかおなかから力が湧いてくるみたい」
「ならよかった。残念なのは来年まで作れないってことかな」
「そうね、もうとうがたってしまっているものね。でも……たぶんこれに似たものは作れるわ」
「本当かい?」
僕は目を丸くした。主も歌仙クンも来年の春までおあずけだと言っていたからね。
「ええ、お山にたくさんあるもの。もう少し、そう軽やかで爽やかな感じになると思うけど」
娘は星の瞬く夜空を仰ぐ。
「お日さまが昇れば主さまに会えるのね」
「ああ」
ふたりとも黙ったまま行き過ぎる風を全身で感じている。社には娘と僕しかいないはずなのに、あたりは命で満ちていた。しばらくして、ふと娘がこちらを向いた。
「えと、主さまのお側にいるために大切なのは、食べることと……」
「眠ること」
「夜に、人は眠るのね」
「そうだね」
「わたし、すっかり夜更かしさせてしまったわ」
娘は心配そうな顔で僕を覗き込む。
「構わないさ、僕が自分でやったことだ」
そう告げると娘は安心したように少しはにかんでみせた。
「夜明けまではまだ少しあるわ。どうかもう休んで。わたしは大丈夫」
そう告げると娘が立ち上がった。不意に山の木々がざわめく。葉を揺らし、枝が大きくしなるさまに一瞬だけ意識をそちらに逸れる。
「風が強くなってきたね」
そう言って娘に視線を戻すが、そこにはもう娘の姿はなく、ただ風に運ばれた細く長い葉が落ちているだけだった。
「今夜は、助けてくれてありがとう」
風に紛れて、娘の声が届く。娘が石段を降りていく足音は確かに僕の耳に届いているのに、その姿はどこにもない。
 夢でも見ていたんだろうか。もう一度、さっきまで娘がいた僕の隣に目を遣る。残された葉の脇を若い蟷螂がゆっくりと横切っていった。
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