lapis

成人済女字書きオタク
書く:フロ監・ジェイ監・杉リパ・剣由希

プロフィールタグ

投稿日:2022年08月14日 01:52    文字数:3,034

ゆめみるみどり 1

ステキ数:1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
【タイトル】ゆめみるみどり Floyd will make Fluorite 第1話
【作品紹介】フロ監SSシリーズの1話目です。
フロイドと監督生(個性ありデフォルト名ユウ呼び)が、ただの先輩後輩から特別な相手になるまでを綴りたいと思います。
1話目はただの先輩後輩なのでカップリング要素はかなり薄いです。
全6話を予定しています。2022年11月下旬時点で5話まで投稿しました。最終話は2023年夏までに投稿したいです。
本作品シリーズは以下の要素を含みます。
・監督生は男装女子。性別発覚イベントあり
・監督生の家族が出てくる(オリジナルキャラクター)
・監督生の趣味が「石を調べること」
・魔法石、魔力、魔法についての独自設定

【作中の鉱物について補足】
蛍石Fluorite
化学組成 CaF2
色 無色、灰色、緑、青、ピンク、黄、紫
自然に産出する場合は必ずしも八面体となるわけではなく、劈開面に沿って割れたものが八面体となり、容易に八面体となるため、八面体の状態で売られていることが多い。
本作では錬金術で錬成した蛍石?なので八面体として登場する。
1 / 1
ゆめみるみどり Floyd will make Fluorite 第1話

「え? 知らないんですか、蛍石」

 監督生の声は中庭の空にとけて消えた。
さわさわと揺れる木の枝には、春を待つ新芽がとけた言葉を探すように空に向かっている。
 かすかに揺れる枝よりも明確に、そして目を奪われるほど綺麗に、短い蛍石色の髪が風に踊る。冬の終わりの、少し肌寒い風に靡く碧(みどり)が縁取る頬は、あたたかみを感じさせない人魚の肌だ。表情は変わらず、こちらの言葉ではなく動きを見て楽しんでいるようだった。
 垂れ目のオッドアイが、高い位置からこちらを見返している。
「ふろーらいと? 聞いたことねーなぁ。少なくとも、ソレはそんな名前じゃないってよ」
 フロイドは、先ほど監督生の手に押しつけた八面体をアゴで指しながら答える。気まぐれな調子の声はまるで歌うように言葉を紡いだ。
 
 フロイドが錬金術の授業で偶然錬成したというそれは透明な薄緑色の結晶だった。三角形の八面からなる特徴的な形の、飴玉や砂糖菓子を思わせる涼しげな碧(みどり)。数センチのそれを人差し指と親指でつまんで陽にかざして見れば、まるで熱帯の海の中で海面を見上げているような碧に目を奪われる。清涼、凪、新緑、柔和、泡沫、蛍——そんな単語を思い起こさせる。監督生はそれを元の世界で良く知っていた。
「蛍石とか、フローライトとか、元の世界ではそういう風に呼んでいたんですけど……。エースとデュースは知ってる?」
 恐い先輩の登場で一歩引いていた友人たちにも問いかけるが、返ってきたのは興味のなさそうな顔だった。
「知らねー。検索しても出てこないよ」
「こっちの世界では違う名前なのか。石でもあるんだな」
 まじめな方の友人が言っているのは、以前、監督生がミドルスクールを中学校と呼び間違えたことから話が広がった元の世界とツイステッドワンダーランドの名詞の違いについてだろう。純日本語風の名詞と英語風の名詞の違いがほとんどなので、蛍石についても最初に「蛍石」と「フローライト」の両方を挙げてみたのだが、この場にいる友人と先輩の知識には存在しないようだ。スマホで検索結果を見せてくれるエースの言う通り、ネットにも情報がないということは、本当に、この世界に「蛍石」という名前のものはないのだろう。
 期待していなかったがグリムにも目を向けてみても「俺様は知らねーんだゾ」とつまらなさそうな返事しか来なかった。
「イシダイ先生が言ってた名前もそんな感じじゃなかったよ。もう忘れたけど」
 口調と同じく大きな体をゆらりゆらりと揺らしながらフロイドがしゃべる。
 教師までもがその名を呼ばない蛍石――監督生が元の世界で好きだったもののひとつだった。
 化学組成はフッ化カルシウムだったはずだが、元の世界の図鑑で確かめることもできず、こちらの世界に同じ組成のものがあったとしても違う名前なのだろうから確認のしようがない。元の世界での蛍石はどんなに簡易的な鉱物図鑑にも載っていたし、パワーストーンやアクセサリーを売っているミネラルショップにも必ず置いているほどポピュラーな鉱物だったはずだ。ツイステッドワンダーランドに放り出されて以来、自分の人生で培ってきた常識や知識が通用せずに、そしてそれが元の世界にあったことを証明することもできずに足元がガラガラと崩れていくという感覚は何度も経験した。蛍石がない。誕生日に親にせがんで買ってもらった蛍石。自室の机の上の一番よく見える場所に飾っていた八面体の碧(みどり)。自分が好きだったものが、ない。似ている何か別のものであるという衝撃は、思いのほか大きかった。
 なぜ蛍石がないのだろうか。自分の常識がこの世界の常識にそぐわない場合、かなり経ってから気づくことが多いのだが、その差異は「魔法の有無」に依ることが多い。蛍石の名前の由来は、紫外線を当てたり加熱したりすると光るという特徴から、蛍のように光るから蛍石と名付けられたはずだ。魔法のあるこの世界では光るという特徴が失われているのだろうか。それとも、もっと別の、魔法に関する特筆すべき点があって、それにちなんだ名前が付けられているのだろうか――。
 監督生が思考の海に潜っている間に、気まぐれな人魚の先輩は飽きてしまったらしい。「じゃ、」の声とともに、体の向きを変えて去り始めた。
「オレとジェイドの髪の色と似ててキレーだよね。でも、いらねぇから小エビちゃんにあげる」
 バイバイ、と手をひらひらさせて歩いていく。遠くに彼の兄弟と、オクタヴィネルの寮長が見える。
 お礼を言い忘れたことに気づき慌てて声を張る。
「あの、フロイドさん、ありがとうございます! 自分、この石好きなんです!」
 顔だけ振り向いたフロイドは、ギザギザの歯を見せて笑った。面白いものを見つけたというように。しかし戻ってくることはなく、そのまま中庭から去っていった。
 彼の言葉に思い出したことがある。そうだ、リーチ兄弟の髪と、この手に乗る石は同じ色をしているのだ。この中庭で、初めてフロイドとジェイドの名前を聞き、彼らを見た時に、蛍石(フローライト)と翡翠(ジェイダイト)の髪色だと、だからフロイドとジェイドという名前なのだろうと、一人で勝手に納得してすぐに名前を覚えたのだった。自分のとても好きな、碧色だったから。
 あの感動は、どうなってしまうのだろう。この世界のだれに説明しても、フローライトとフロイドが似ていることに同意してくれない。そもそも蛍石(フローライト)がこの世界にはないのだから。自分の好きなものの色に見知らぬ土地で出逢えたという感動は、誰にも共感されずに自分一人で抱えていくしかないのだろうか。日々を重ねるうちに薄れていた望郷の想いが思い起こされる。

「俺たちも行こうぜ、ユウ」
「遅れるとトレイン先生に怒られてしまうからな」
「ルチウスに馬鹿にされるのはイヤなんだゾ」

 監督生の胸に去来した寂しさを置き去りにして、この世界は進んでいく。共に置き去りにされた碧色の八面体を優しく握り込み制服のズボンのポケットに入れ、友人たちを追う。
 冷たい風が頬を撫でる。

 それでも、手の中にある石は、綺麗なみどりいろだった。
 


 オンボロ寮に帰ってきた監督生は、肩にかけている鞄もそのままに、制服のズボンのポケットから碧(みどり)の石を取り出し、談話室のテーブルに静かに置いた。そして少し離れたところに積み重ねていた空の菓子箱たちの中からちょうど良さそうな大きさのものを選び持ってきて、蓋を開けたその中に碧の八面体を置いた。
 鞄を椅子に置き中からノートを取り出して、手の中に収まるくらいのカードとして切り出し、四行のうちの一番下の行に今日の日付を書き記し、碧の石の隣に置いた。
 カーテンの隙間から差し込む夕陽に照らされた八面体は碧の淡い燐光を纏っていた。

*****

 その日の夜、夢を見た。
 よく行っていたファストフード店の、馴染みの窓際の席。安っぽい丸椅子に、安っぽい丸テーブル。私はいつも、そこで待たされるのだ。約束の時間を過ぎてもあの子は来ない。私の喉を潤し、コップの水滴がテーブルにたどりついてしまっているドリンクと一緒に、あの子が来るのを待っている。
 そんな、今ではもう有り得ないはずの、懐かしさを感じる夢だった。

 
1 / 1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

何をコメントすれば良いの?
『コメントって何を投稿したらいいの・・・」と思ったあなたへ。
コメントの文字制限は140文字までとなり、長いコメントを考える必要はございません。
「萌えた」「上手!」「次作品も楽しみ」などひとこと投稿でも大丈夫です。
コメントから交流が生まれ、pictMalFemが更に楽しい場所になって頂ければ嬉しいです!
ゆめみるみどり 1
1 / 1
ゆめみるみどり Floyd will make Fluorite 第1話

「え? 知らないんですか、蛍石」

 監督生の声は中庭の空にとけて消えた。
さわさわと揺れる木の枝には、春を待つ新芽がとけた言葉を探すように空に向かっている。
 かすかに揺れる枝よりも明確に、そして目を奪われるほど綺麗に、短い蛍石色の髪が風に踊る。冬の終わりの、少し肌寒い風に靡く碧(みどり)が縁取る頬は、あたたかみを感じさせない人魚の肌だ。表情は変わらず、こちらの言葉ではなく動きを見て楽しんでいるようだった。
 垂れ目のオッドアイが、高い位置からこちらを見返している。
「ふろーらいと? 聞いたことねーなぁ。少なくとも、ソレはそんな名前じゃないってよ」
 フロイドは、先ほど監督生の手に押しつけた八面体をアゴで指しながら答える。気まぐれな調子の声はまるで歌うように言葉を紡いだ。
 
 フロイドが錬金術の授業で偶然錬成したというそれは透明な薄緑色の結晶だった。三角形の八面からなる特徴的な形の、飴玉や砂糖菓子を思わせる涼しげな碧(みどり)。数センチのそれを人差し指と親指でつまんで陽にかざして見れば、まるで熱帯の海の中で海面を見上げているような碧に目を奪われる。清涼、凪、新緑、柔和、泡沫、蛍——そんな単語を思い起こさせる。監督生はそれを元の世界で良く知っていた。
「蛍石とか、フローライトとか、元の世界ではそういう風に呼んでいたんですけど……。エースとデュースは知ってる?」
 恐い先輩の登場で一歩引いていた友人たちにも問いかけるが、返ってきたのは興味のなさそうな顔だった。
「知らねー。検索しても出てこないよ」
「こっちの世界では違う名前なのか。石でもあるんだな」
 まじめな方の友人が言っているのは、以前、監督生がミドルスクールを中学校と呼び間違えたことから話が広がった元の世界とツイステッドワンダーランドの名詞の違いについてだろう。純日本語風の名詞と英語風の名詞の違いがほとんどなので、蛍石についても最初に「蛍石」と「フローライト」の両方を挙げてみたのだが、この場にいる友人と先輩の知識には存在しないようだ。スマホで検索結果を見せてくれるエースの言う通り、ネットにも情報がないということは、本当に、この世界に「蛍石」という名前のものはないのだろう。
 期待していなかったがグリムにも目を向けてみても「俺様は知らねーんだゾ」とつまらなさそうな返事しか来なかった。
「イシダイ先生が言ってた名前もそんな感じじゃなかったよ。もう忘れたけど」
 口調と同じく大きな体をゆらりゆらりと揺らしながらフロイドがしゃべる。
 教師までもがその名を呼ばない蛍石――監督生が元の世界で好きだったもののひとつだった。
 化学組成はフッ化カルシウムだったはずだが、元の世界の図鑑で確かめることもできず、こちらの世界に同じ組成のものがあったとしても違う名前なのだろうから確認のしようがない。元の世界での蛍石はどんなに簡易的な鉱物図鑑にも載っていたし、パワーストーンやアクセサリーを売っているミネラルショップにも必ず置いているほどポピュラーな鉱物だったはずだ。ツイステッドワンダーランドに放り出されて以来、自分の人生で培ってきた常識や知識が通用せずに、そしてそれが元の世界にあったことを証明することもできずに足元がガラガラと崩れていくという感覚は何度も経験した。蛍石がない。誕生日に親にせがんで買ってもらった蛍石。自室の机の上の一番よく見える場所に飾っていた八面体の碧(みどり)。自分が好きだったものが、ない。似ている何か別のものであるという衝撃は、思いのほか大きかった。
 なぜ蛍石がないのだろうか。自分の常識がこの世界の常識にそぐわない場合、かなり経ってから気づくことが多いのだが、その差異は「魔法の有無」に依ることが多い。蛍石の名前の由来は、紫外線を当てたり加熱したりすると光るという特徴から、蛍のように光るから蛍石と名付けられたはずだ。魔法のあるこの世界では光るという特徴が失われているのだろうか。それとも、もっと別の、魔法に関する特筆すべき点があって、それにちなんだ名前が付けられているのだろうか――。
 監督生が思考の海に潜っている間に、気まぐれな人魚の先輩は飽きてしまったらしい。「じゃ、」の声とともに、体の向きを変えて去り始めた。
「オレとジェイドの髪の色と似ててキレーだよね。でも、いらねぇから小エビちゃんにあげる」
 バイバイ、と手をひらひらさせて歩いていく。遠くに彼の兄弟と、オクタヴィネルの寮長が見える。
 お礼を言い忘れたことに気づき慌てて声を張る。
「あの、フロイドさん、ありがとうございます! 自分、この石好きなんです!」
 顔だけ振り向いたフロイドは、ギザギザの歯を見せて笑った。面白いものを見つけたというように。しかし戻ってくることはなく、そのまま中庭から去っていった。
 彼の言葉に思い出したことがある。そうだ、リーチ兄弟の髪と、この手に乗る石は同じ色をしているのだ。この中庭で、初めてフロイドとジェイドの名前を聞き、彼らを見た時に、蛍石(フローライト)と翡翠(ジェイダイト)の髪色だと、だからフロイドとジェイドという名前なのだろうと、一人で勝手に納得してすぐに名前を覚えたのだった。自分のとても好きな、碧色だったから。
 あの感動は、どうなってしまうのだろう。この世界のだれに説明しても、フローライトとフロイドが似ていることに同意してくれない。そもそも蛍石(フローライト)がこの世界にはないのだから。自分の好きなものの色に見知らぬ土地で出逢えたという感動は、誰にも共感されずに自分一人で抱えていくしかないのだろうか。日々を重ねるうちに薄れていた望郷の想いが思い起こされる。

「俺たちも行こうぜ、ユウ」
「遅れるとトレイン先生に怒られてしまうからな」
「ルチウスに馬鹿にされるのはイヤなんだゾ」

 監督生の胸に去来した寂しさを置き去りにして、この世界は進んでいく。共に置き去りにされた碧色の八面体を優しく握り込み制服のズボンのポケットに入れ、友人たちを追う。
 冷たい風が頬を撫でる。

 それでも、手の中にある石は、綺麗なみどりいろだった。
 


 オンボロ寮に帰ってきた監督生は、肩にかけている鞄もそのままに、制服のズボンのポケットから碧(みどり)の石を取り出し、談話室のテーブルに静かに置いた。そして少し離れたところに積み重ねていた空の菓子箱たちの中からちょうど良さそうな大きさのものを選び持ってきて、蓋を開けたその中に碧の八面体を置いた。
 鞄を椅子に置き中からノートを取り出して、手の中に収まるくらいのカードとして切り出し、四行のうちの一番下の行に今日の日付を書き記し、碧の石の隣に置いた。
 カーテンの隙間から差し込む夕陽に照らされた八面体は碧の淡い燐光を纏っていた。

*****

 その日の夜、夢を見た。
 よく行っていたファストフード店の、馴染みの窓際の席。安っぽい丸椅子に、安っぽい丸テーブル。私はいつも、そこで待たされるのだ。約束の時間を過ぎてもあの子は来ない。私の喉を潤し、コップの水滴がテーブルにたどりついてしまっているドリンクと一緒に、あの子が来るのを待っている。
 そんな、今ではもう有り得ないはずの、懐かしさを感じる夢だった。

 
1 / 1
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP