投稿日:2019年02月04日 00:38 文字数:11,969
刀剣弓箭譚 序章 ー僕らの日常ー
ステキ数は非公開です
とある男性審神者の本丸で出会った、にっかり青江と弓の娘の物語。
前口上に続く序章です。青江を中心に、日々の出陣の様子を描きたかったのです。
前口上に続く序章です。青江を中心に、日々の出陣の様子を描きたかったのです。
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闇に紛れて京の町を駆ける。目指すは三条大橋の先、池田屋。幕末、新撰組が尊皇攘夷派を襲撃したことで有名なあの宿だ。だが今、僕らが降り立ったのは元治元年六月四日。つまり池田屋事件の前日だ。
この国の歴史の大きな転換点、幕末には、数多の時間遡行軍が史実の改変を目論み襲撃を繰り返す。実際、この時代に限らず時間遡行軍と刀剣男士との戦いは膠着状態に陥って久しい。何度退けられても奴らの勢いは衰えない。僕ら刀剣男士も同じく何度でも遡行軍を阻止すべく出陣する。そして時の政府側である刀剣男士が劣勢に立たされ、歴史がわずかでも綻べば、政府はそれを修正すべく援軍を投入する。そんな戦況にあって僕のいる本丸は、ちょっと毛色の変わった任務を担うことがある。調査だ。通常は歴史遡行軍の攻撃を察知してそれを防ぐために出陣するが、僕らは時間遡行軍の討伐ではなく、その動向を探るために時を遡ることがある。今回、時間遡行軍が池田屋事件前夜に時間軸を突破しようとした痕跡を検知したことから、僕らに調査命令が下ったのだ。
調査と言っても通常の戦闘と同じく、出陣したのは僕を隊長として全六振りの刀剣男士だ。
「さあ、とっとと戦場へ行こうぜ」
同田貫 正国l が逸 る気持ちを隠そうともせず、三条大橋を駆け抜けながら口にした。
「まあ、今回の任務は調査だからねえ。遡行軍が歴史に介入した形跡はまだないそうだし」
同田貫正国は肥後の刀工、同田貫派の祖が打った刀の総称だったりする。時の政府が同田貫正国を顕現させたとき、その手に兜を持たせていたことから天覧兜割りの刀の印象を強く持っていることがわかるけれど、彼自身は特定の刀という意識はないらしい。無骨だけれど頑丈で実用第一の実践刀。そして彼もそのことに誇りを持っている。本丸での生活で特に仲が良いわけではないけれど、案外彼とは気が合うんじゃないかと思っているんだ。実際、戦闘中の連係も僕らは結構相性がいいからね。
「本当に……戦じゃないんだね」
隣を走る小夜 左文字 が残念そうに小さく呟いた。小夜左文字は細川幽斎が西行の歌から名付けた短刀だ。小夜の中山――夫に先立たれた女が、生きる糧を得るために夫が残した刀を売りに出掛けたその道中――で殺され奪われた刀だ。そして残された子どもが後に復讐を遂げた際に手にしていたのもその刀だ。その逸話が彼の心の拠り所となっているが、それは同時に彼の苦悩の源でもあった。
「どうかな……実際に時間遡行軍が明日の池田屋事件に向けて何らかの行動を起こそうとしていればそれを阻止するのも任務のうちだから、戦闘がないと決まった訳ではないさ」
小夜左文字にそう告げたところで僕らは三条大橋を渡り切った。
一旦、皆で橋の袂に身を潜めて様子を窺う。主 が生まれた時代と違って、この時代の夜は暗い。まあ、それでも長い歴史の中では明るくなったほうだけどね。闇の支配のほうが大きいことに違いはない。目指す池田屋は目の前の堀の先だ。
「少なくとも既に何か騒ぎが起きているわけではないようですなあ」
お供の狐の言葉に鳴狐 が無言のまま頷いてみせる。鳴狐は粟田口 派の刀では珍しく短刀ではなく打刀だ。銘の由来はよくわかっていない。狐の化け物を斬ったという言い伝えもあるが定かではない。にも拘わらず、人が彼に狐を供とする姿を与えたのは、その名から思い起こされる小さな生き物の印象が強いからなのだろう。そして、言葉を発するのはお供の狐がほとんどで、鳴狐自身はほとんど口を利かない寡黙な刀だ。僕自身も彼のことはよくわからないんだよね。いつも一緒に出陣している打刀が所用で本丸を留守にするので、代わりに加わったのが彼なんだ。
「にっかり隊長、どうする? て・い・さ・つ♡ ふふっ♡」
こちらを値踏みするかのように上目遣いで好戦的な視線を投げてくるのは乱 藤四郎 だ。圧倒的に直刃が多い粟田口吉光による短刀の中で、乱れ刃である彼がどうしてこんな――大店 の娘の姿も様になるような――容姿で顕現することになったのかは僕にはわからない。でも、刀が日常から切り離されてしまった時代には、《乱》という字から人が思い描くのは……まあ何を想像するかはそれぞれの自由だしね。〈あざとい〉と受け取られかねないその態度は、この本丸最古参の一振りとしての自信と実力に裏付けられているからこそであり、奔放に振る舞っているようで実は影でこの本丸を支えていることを僕は知っている。
「あ、あのっ……」
出陣してからずっと押し黙っていた五虎退 が後ろから声を上げたが、皆が一斉に振り向いたせいか五虎退が気まずそうに口籠もる。
「な、なんと言えばいいんでしょうか……困りますよね、急に叫んだりしたら」
五虎退も粟田口吉光の短刀だ。彼の名は彼が上杉謙信に献上された際に、五匹の虎を退けた刀だと伝えられたのが元だ。だがそれはいわゆる箔を付けるための作り話らしく、五虎退にとっては重圧でもあり、いつも申し訳なさそうにしている。彼のまわりには逸話通りに五匹の虎――と言っても子虎だが――がじゃれていて、その愛らしい外見に惑わされがちだが、僕が今回の初の夜戦出陣を告げたとき、はにかみながらもしっかりとこちらを見つめる瞳には戸惑いや恐れはなかった。
(は、はい、準備はできています……ずっと)
そう答えた五虎退の表情は、このときを待っていたとばかりに輝いていた。そして今、緊張しながらも言うべきことを言わねばという彼の意思が瞳に宿った。
「僕、夜に出陣するのは初めてで……でも……その、経験を積んで主さまのお役に……だから、て、偵察のやりか――」
五虎退が言い切る前に、同田貫がフンと鼻を鳴らした。驚いた五虎退はぴくりと肩を震わす。
「いいねェ……」
同田貫のニヤリと歪んだ口元と眼光の鋭さに五虎退は言葉を続けられず、その緊張は最高潮に達した。そんな五虎退に同田貫は大股で近付くと、バーンとその背中を叩き
「真っ先に斬り込もうって心意気、悪くねえ」
満面の笑み(多分五虎退にとっては笑顔には見えないだろうけど)を浮かべて五虎退の顔を覗き込んだ。
「おっし! 俺が一緒に――グェッ」
間髪入れず、乱が同田貫の首根っこを掴み五虎退から引き剥がした。
「おい、急に何すんだよ」
「何すんだ、じゃないよ。同田貫は偵察得意じゃないでしょ」
腰に手を遣りぴしゃりと言ってのける乱の姿は、相手を見上げているにも拘らず、まるで子どもを叱る母親のようだ。
「あの……じゃあ僕が一緒に」
小夜クンがおずおずと手を上げて申し出るけど、これじゃあ収拾はつかなそうだ。
「みんな、忘れてないかい? 隊長は僕だってことを、さ」
僕は俯いたまま視線だけをすいっと上げた。一瞬のうちに静けさが戻る。皆、ハッとしたようにこちらを見遣っていた。
「に、にっかり殿! ど、どうか気をお鎮めください。夜戦初陣の刀 もおりまする故、少しはしゃいで……いえ、緊張のあまり羽目を外し……いや、そうではなく、つまり」
突然、お供の狐が場を繕おうと焦って口を開き、しどろもどろになっている。その様子をぽかんと眺めていた僕らだったけど、遂には誰ともなく吹き出し、笑いを堪えるのに必死になっていた。
「ッフフ……怒ってなんかいないよ」
僕は口元に手をやり笑いを噛み殺しながら、何故笑われているのかわからないと、きょとんとしている狐に話しかけた。
「任務に支障を来さなければ割と自由にさせているよ、僕が隊長のときはね。もちろん悪巫山戯 に寛容なわけじゃあないけどさ」
「これはこれは、わたくしめがどうも勘違いをしたようで、お恥ずかしゅうございます」
慌てて恐縮する狐の仰々しい言い回しに、五虎退がくすりと笑うのを僕は視界の端に捕らえた。同じく五虎退に目を向けていた乱藤四郎と目が合ったので、僕はにっかりと笑ってみせた。
「五虎退も緊張が解けたみたいだし、いいんじゃないかな? 小夜クンと組んでの偵察。ほら、この人の身ってのは張り出たところと凹んだところとで互いに埋め合ってこそ最も昂 ぶ――」
「にっかり、言い方!」
乱藤四郎が無表情で僕の言葉を遮り肘鉄を食らわす。別に疚 しいことを口にしているつもりはないのだけれどね……僕は肩を竦 めてみせたが乱藤四郎の表情は変わらないので、仕方なく噛み砕いて言い直す。
「小夜クンはじっくりと獲物を狙って仕留めるのが得意だろう? 絶好の機会を窺って粘れるだけの打たれ強さを持ってる。五虎退は相手が体勢を整える前に斬り込む先手必勝型だ。それだけでなく不意を突かれた相手を後方へ押し出す勢いも持っている」
僕の言葉に、小夜クンの戸惑いと五虎退の謙遜とそれぞれ異なる表情をしながらも面映ゆさが見て取れた。
「だからさ、いい組み合わせだろう?」
僕の問いかけに、乱藤四郎の表情がようやく和らいだ。
「よく見てるじゃん……」
「まあこれでも隊長だから、ね」
乱藤四郎は顔は向けずに視線だけを僕に投げてきたので、僕もそれに同じように応えた。
「偵察は小夜クンが五虎退を伴って池田屋の外を一周する。ただ遡行軍の目的はまだわかっていないし、そもそも今この場に遡行軍が現れるのかさえわからない。だから残った僕らはそれぞれ東西南北に分かれて少し離れたところで待機。で、何かあったらすぐ駆けつけることにしよう。外に異常がなければ合流して屋内を調査だ」
さきほどの和やかさから一転、皆は真剣な面持ちで無言のまま頷く。小夜クンと五虎退が先に堀割を越えて池田屋に向かう。その後を同田貫と鳴狐が追い、僕と乱藤四郎は最後だ。
「僕じゃダメだったのかな……」
池田屋の手前で乱藤四郎がぽつりと呟いた。
「君の真価は追い詰められたときにこそ発揮されるからねえ。それに意外と君は万能型だから」
僕は正直に思っているままを伝える。
乱藤四郎がそう返すまでには少し間があったが、戦に関しては乱藤四郎はお世辞を喜ぶ刀じゃない。
「うん、知ってる」
くるりと振り向いた乱藤四郎の得意げな顔は、いつも通り自信に満ちた乱藤四郎そのものだった。
奥の白虎に鳴狐、裏手の玄武には同田貫、表の朱雀は乱藤四郎、そして一番手前の青龍に僕。それぞれ物陰に身を潜め、二刀 の偵察の様子を窺った。小夜クンと五虎退は池田屋の前を通り過ぎ、左に折れ裏手へと回る。最後にやってくるのが僕のいる側だ。しばらくすると二刀の影がこちらに向かってくるのがわかった。今のところ問題はなさそうだ。二刀が僕の前を通り過ぎ、表に差し掛かろうというときだった。
闇の中に不自然な漆黒の影が落ちた。時間遡行軍だ。
「上だ!」
僕は叫ぶなり二刀に向かって地面を蹴った。太刀が二階の庇から二刀に向かって飛び降り様に斬り掛かる。五虎退は咄嗟に表の通り側に飛び退き、小夜クンは五虎退の退路に干渉しないよう壁に身を寄せて刃を躱 した。だが、それが災いした。身を翻して向かってくる太刀に対して逃げ場がない。僕はすかさず間に割って入ろうとしたが、敵の短刀二体が立ちはだかる。いや、遡行軍の短刀は宙を浮いて漂ってるわけだから立ちはだかるというのは正確じゃないか。おそらくまともに組み合えば僕の敵じゃあないはずだが、二体の短刀はただ僕を小夜クンに近付けまいとして交互に空 を飛び交うだけなので間合いを詰め切れない。狭い場所での戦闘は短刀が得意とするところだが、相手の太刀は相当の手練れのようであの小夜クンが苦戦している。まずい、小夜クンが足を滑らせた。
「小夜! 五虎退!」
通り側を見張っていた乱藤四郎が駆けつけ、体勢を立て直した五虎退と共に太刀に襲いかかる。ああ、乱も加わればもう大丈夫だ。僕は短刀二体を片付けるのに専念する。乱たちが太刀を討ち取ると、僕に纏わり付いていた短刀は慌てて二階へ逃れようとしたが、僕は低く空を泳いでいた一体に狙いを定め刃を振り下ろした。二兎を追うものは一兎をも得ず、だ。残った一体を視界の端に捉えたまま僕は小夜クンの元へ急ぐ。どうやら足に傷を負っているようだ。
「にっかり殿、何事でございますか」
鳴狐のお供が本人より一足先に走ってきた。同時に短刀が逃げ果せた部屋に別の黒い影が揺れて奥へ消えた。
「まだ、いる。表に戻れ」
僕は鳴狐に叫ぶと天水桶を足掛かりに二階へと飛び移った。
「ぼ、僕も行きます!」
五虎退が僕の後に続く。
「乱! 小夜クンを頼む」
「わかった」
乱の返事が背に届き、僕と五虎退は奥へと消えた影を追った。下階へ逃れようとする敵に目を凝らせば、先ほどの短刀と黒い影のもう一体で間違いないようだ。階段を下りていく大きな影は大太刀か。大太刀の力は圧倒的だが、その分動きは緩慢だ。僕や短刀なら容易に追いつける。何より表に出たところには鳴狐が控えているはずだ。今回の出陣は調査が目的だったから隠密に行動するのに適した刀が選ばれている。腕力で劣る分は機動力と戦略で補えばいい。敵の二刀が表に出たところを、通りで待ち構えていた鳴狐が間髪入れずに斬り掛かる。一撃で息の根を止められないのは織り込み済みだ。空かさず僕と五虎退が撃ち込み、与えうる最大の傷をその身に刻み付け続ける。それにしても空を漂う短刀の動きが少し厄介だ。それに通常、遡行軍は六体で行動していることが多い。まだ別の二体がいてもおかしくない。気は抜けないな。
それは大太刀が思わず膝を突いたときだ。討ち取ったかと少し気が緩んだのかもしれない。その隙を突いて短刀が地を這うように割り込むと、五虎退の脇に控えていた子虎の一匹を咥え大太刀に向かって放り投げた。
「あっ! と、虎くん!」
五虎退が叫ぶのと同時に大太刀はその手で子虎を掴むと、東へと向かって走り出した。
「逃すか」
すぐさま地を蹴り追いかけようとする僕の目の前をふいに別の刃が掠めた。僕は咄嗟にその刃を交わし、使い手に目を向けた。薙刀だ。
「オラァ、待てエ」
同田貫がこちらに向かって走ってくる。おそらく裏手でこの薙刀の相手をしていたんだろう。同田貫は、薙刀が振り向きざまに薙ぎ払ったその刃を、あたかも叩き落とすかの如く止め僕に叫ぶ。
「ここは俺たちに任せろ! 足の速いお前らなら簡単に追いつけんだろ?」
振り返ると鳴狐は何処からか現れた打刀と刃を交えているところだ。そこに乱と小夜クンが向かってきた。
「小夜の手当ては済んだからね」
「大丈夫。こんな傷、動きに支障はない」
乱は無傷。小夜クンも多少足を引き摺ってはいるものの振るう刃の勢いは逆に磨きが掛かっていた。これなら大丈夫だろう。
「じゃあ……ここは任せた」
僕は逃げた大太刀を追って東へと駆け出した。
「僕も行きます!」
背中に届いた五虎退の声に、僕は振り向かず手招きだけで応える。僕は前を行く大太刀を見据えたまま走り続けたが、追ってくる小さな足音で僕の意図が伝わっているのはわかった。
足の速さだけを考えれば僕らはあっという間に追いつけるはずだった。だが、そうはさせまいと敵の短刀が行く手を阻む。大太刀が逃げ果せる時間を稼ぐことが目的だから、短刀は僕らに深手を負わせる間合いには入ってこない。それは同時に僕らも短刀に致命傷を与えられないということだった。目の前の大太刀はひたすら真っ直ぐに走って行くが、短刀に気を取られた隙に脇道に入られたら厄介だ。いつのまにか追い付き僕の隣を走る五虎退は口をキュッと結び、子虎を抱えた大太刀から視線を外さず、行く手を阻む短刀を無言のまま払い退けている。いつもの自信なさげな様子はなく前へ前へと進む姿はまるで別人のようだ。僕は前を見たまま五虎退に呟いた。
「任せていいかい? この短刀」
「はい」
いつもより低いその声に迷いや躊躇いは微塵もない。僕は五虎退が短刀に組み付いた隙に身を躱して前へ出る。目指すはもちろん先を走る大太刀だ。僕は庇を足掛かりに屋根に駆け上る。ちらりと大太刀が後ろを伺った。追いかけてくる影がないことに安堵したのか、大太刀の足が鈍る。好都合だね。僕は一気に大太刀を追い越すとその前に飛び降りた。
「さあ、僕と楽しむってのはどうだい? 逃げてばかりいないでさ」
低く狙いを定めるが、いたずらに刃を向けるわけにはいかない。奴の手には子虎がいる。僕は奴が手にした子虎を避け執拗に足に斬りつける。傷を負わせることが目的じゃない。奴に両の手でその刀を扱いたくなるよう仕向けるのさ。そうすれば子虎は手放さざるを得なくなるからね。まともに食らえば僕とてひとたまりもないが、子虎を抱えたままで片手で振るその大太刀にいつもの威力はない。このまましばらく膠着状態かと思い始めたとき、五虎退に加え乱と鳴狐が駆けつけた。池田屋のほうが片付いたのかな。
「どうやら君だけになったようだね」
僕らは大太刀を取り囲み四方からそれぞれに斬り掛かる。
狙い通りだ。奴は片手でしか刀を扱えないことに痺れを切らしたのか、手にしていた子虎を空に投げ出した。
「五虎退!」
僕は五虎退に叫んだが、五虎退の視線はまっすぐ大太刀に注がれたまま微動だにしない。
「虎くんなら大丈夫です」
五虎退のその言葉に、四刀(よにん)が無言で視線を交わし頷き合う。大太刀が両の手で構え、僕らを纏めて薙ぎ払おうとするその間隙を縫って、僕らはそれぞれの刃を大太刀に突き立てた。
音にならない断末魔と供に黒い影が闇と散った。
この国の歴史の大きな転換点、幕末には、数多の時間遡行軍が史実の改変を目論み襲撃を繰り返す。実際、この時代に限らず時間遡行軍と刀剣男士との戦いは膠着状態に陥って久しい。何度退けられても奴らの勢いは衰えない。僕ら刀剣男士も同じく何度でも遡行軍を阻止すべく出陣する。そして時の政府側である刀剣男士が劣勢に立たされ、歴史がわずかでも綻べば、政府はそれを修正すべく援軍を投入する。そんな戦況にあって僕のいる本丸は、ちょっと毛色の変わった任務を担うことがある。調査だ。通常は歴史遡行軍の攻撃を察知してそれを防ぐために出陣するが、僕らは時間遡行軍の討伐ではなく、その動向を探るために時を遡ることがある。今回、時間遡行軍が池田屋事件前夜に時間軸を突破しようとした痕跡を検知したことから、僕らに調査命令が下ったのだ。
調査と言っても通常の戦闘と同じく、出陣したのは僕を隊長として全六振りの刀剣男士だ。
「さあ、とっとと戦場へ行こうぜ」
「まあ、今回の任務は調査だからねえ。遡行軍が歴史に介入した形跡はまだないそうだし」
同田貫正国は肥後の刀工、同田貫派の祖が打った刀の総称だったりする。時の政府が同田貫正国を顕現させたとき、その手に兜を持たせていたことから天覧兜割りの刀の印象を強く持っていることがわかるけれど、彼自身は特定の刀という意識はないらしい。無骨だけれど頑丈で実用第一の実践刀。そして彼もそのことに誇りを持っている。本丸での生活で特に仲が良いわけではないけれど、案外彼とは気が合うんじゃないかと思っているんだ。実際、戦闘中の連係も僕らは結構相性がいいからね。
「本当に……戦じゃないんだね」
隣を走る
「どうかな……実際に時間遡行軍が明日の池田屋事件に向けて何らかの行動を起こそうとしていればそれを阻止するのも任務のうちだから、戦闘がないと決まった訳ではないさ」
小夜左文字にそう告げたところで僕らは三条大橋を渡り切った。
一旦、皆で橋の袂に身を潜めて様子を窺う。
「少なくとも既に何か騒ぎが起きているわけではないようですなあ」
お供の狐の言葉に
「にっかり隊長、どうする? て・い・さ・つ♡ ふふっ♡」
こちらを値踏みするかのように上目遣いで好戦的な視線を投げてくるのは
「あ、あのっ……」
出陣してからずっと押し黙っていた
「な、なんと言えばいいんでしょうか……困りますよね、急に叫んだりしたら」
五虎退も粟田口吉光の短刀だ。彼の名は彼が上杉謙信に献上された際に、五匹の虎を退けた刀だと伝えられたのが元だ。だがそれはいわゆる箔を付けるための作り話らしく、五虎退にとっては重圧でもあり、いつも申し訳なさそうにしている。彼のまわりには逸話通りに五匹の虎――と言っても子虎だが――がじゃれていて、その愛らしい外見に惑わされがちだが、僕が今回の初の夜戦出陣を告げたとき、はにかみながらもしっかりとこちらを見つめる瞳には戸惑いや恐れはなかった。
(は、はい、準備はできています……ずっと)
そう答えた五虎退の表情は、このときを待っていたとばかりに輝いていた。そして今、緊張しながらも言うべきことを言わねばという彼の意思が瞳に宿った。
「僕、夜に出陣するのは初めてで……でも……その、経験を積んで主さまのお役に……だから、て、偵察のやりか――」
五虎退が言い切る前に、同田貫がフンと鼻を鳴らした。驚いた五虎退はぴくりと肩を震わす。
「いいねェ……」
同田貫のニヤリと歪んだ口元と眼光の鋭さに五虎退は言葉を続けられず、その緊張は最高潮に達した。そんな五虎退に同田貫は大股で近付くと、バーンとその背中を叩き
「真っ先に斬り込もうって心意気、悪くねえ」
満面の笑み(多分五虎退にとっては笑顔には見えないだろうけど)を浮かべて五虎退の顔を覗き込んだ。
「おっし! 俺が一緒に――グェッ」
間髪入れず、乱が同田貫の首根っこを掴み五虎退から引き剥がした。
「おい、急に何すんだよ」
「何すんだ、じゃないよ。同田貫は偵察得意じゃないでしょ」
腰に手を遣りぴしゃりと言ってのける乱の姿は、相手を見上げているにも拘らず、まるで子どもを叱る母親のようだ。
「あの……じゃあ僕が一緒に」
小夜クンがおずおずと手を上げて申し出るけど、これじゃあ収拾はつかなそうだ。
「みんな、忘れてないかい? 隊長は僕だってことを、さ」
僕は俯いたまま視線だけをすいっと上げた。一瞬のうちに静けさが戻る。皆、ハッとしたようにこちらを見遣っていた。
「に、にっかり殿! ど、どうか気をお鎮めください。夜戦初陣の
突然、お供の狐が場を繕おうと焦って口を開き、しどろもどろになっている。その様子をぽかんと眺めていた僕らだったけど、遂には誰ともなく吹き出し、笑いを堪えるのに必死になっていた。
「ッフフ……怒ってなんかいないよ」
僕は口元に手をやり笑いを噛み殺しながら、何故笑われているのかわからないと、きょとんとしている狐に話しかけた。
「任務に支障を来さなければ割と自由にさせているよ、僕が隊長のときはね。もちろん
「これはこれは、わたくしめがどうも勘違いをしたようで、お恥ずかしゅうございます」
慌てて恐縮する狐の仰々しい言い回しに、五虎退がくすりと笑うのを僕は視界の端に捕らえた。同じく五虎退に目を向けていた乱藤四郎と目が合ったので、僕はにっかりと笑ってみせた。
「五虎退も緊張が解けたみたいだし、いいんじゃないかな? 小夜クンと組んでの偵察。ほら、この人の身ってのは張り出たところと凹んだところとで互いに埋め合ってこそ最も
「にっかり、言い方!」
乱藤四郎が無表情で僕の言葉を遮り肘鉄を食らわす。別に
「小夜クンはじっくりと獲物を狙って仕留めるのが得意だろう? 絶好の機会を窺って粘れるだけの打たれ強さを持ってる。五虎退は相手が体勢を整える前に斬り込む先手必勝型だ。それだけでなく不意を突かれた相手を後方へ押し出す勢いも持っている」
僕の言葉に、小夜クンの戸惑いと五虎退の謙遜とそれぞれ異なる表情をしながらも面映ゆさが見て取れた。
「だからさ、いい組み合わせだろう?」
僕の問いかけに、乱藤四郎の表情がようやく和らいだ。
「よく見てるじゃん……」
「まあこれでも隊長だから、ね」
乱藤四郎は顔は向けずに視線だけを僕に投げてきたので、僕もそれに同じように応えた。
「偵察は小夜クンが五虎退を伴って池田屋の外を一周する。ただ遡行軍の目的はまだわかっていないし、そもそも今この場に遡行軍が現れるのかさえわからない。だから残った僕らはそれぞれ東西南北に分かれて少し離れたところで待機。で、何かあったらすぐ駆けつけることにしよう。外に異常がなければ合流して屋内を調査だ」
さきほどの和やかさから一転、皆は真剣な面持ちで無言のまま頷く。小夜クンと五虎退が先に堀割を越えて池田屋に向かう。その後を同田貫と鳴狐が追い、僕と乱藤四郎は最後だ。
「僕じゃダメだったのかな……」
池田屋の手前で乱藤四郎がぽつりと呟いた。
「君の真価は追い詰められたときにこそ発揮されるからねえ。それに意外と君は万能型だから」
僕は正直に思っているままを伝える。
乱藤四郎がそう返すまでには少し間があったが、戦に関しては乱藤四郎はお世辞を喜ぶ刀じゃない。
「うん、知ってる」
くるりと振り向いた乱藤四郎の得意げな顔は、いつも通り自信に満ちた乱藤四郎そのものだった。
奥の白虎に鳴狐、裏手の玄武には同田貫、表の朱雀は乱藤四郎、そして一番手前の青龍に僕。それぞれ物陰に身を潜め、
闇の中に不自然な漆黒の影が落ちた。時間遡行軍だ。
「上だ!」
僕は叫ぶなり二刀に向かって地面を蹴った。太刀が二階の庇から二刀に向かって飛び降り様に斬り掛かる。五虎退は咄嗟に表の通り側に飛び退き、小夜クンは五虎退の退路に干渉しないよう壁に身を寄せて刃を
「小夜! 五虎退!」
通り側を見張っていた乱藤四郎が駆けつけ、体勢を立て直した五虎退と共に太刀に襲いかかる。ああ、乱も加わればもう大丈夫だ。僕は短刀二体を片付けるのに専念する。乱たちが太刀を討ち取ると、僕に纏わり付いていた短刀は慌てて二階へ逃れようとしたが、僕は低く空を泳いでいた一体に狙いを定め刃を振り下ろした。二兎を追うものは一兎をも得ず、だ。残った一体を視界の端に捉えたまま僕は小夜クンの元へ急ぐ。どうやら足に傷を負っているようだ。
「にっかり殿、何事でございますか」
鳴狐のお供が本人より一足先に走ってきた。同時に短刀が逃げ果せた部屋に別の黒い影が揺れて奥へ消えた。
「まだ、いる。表に戻れ」
僕は鳴狐に叫ぶと天水桶を足掛かりに二階へと飛び移った。
「ぼ、僕も行きます!」
五虎退が僕の後に続く。
「乱! 小夜クンを頼む」
「わかった」
乱の返事が背に届き、僕と五虎退は奥へと消えた影を追った。下階へ逃れようとする敵に目を凝らせば、先ほどの短刀と黒い影のもう一体で間違いないようだ。階段を下りていく大きな影は大太刀か。大太刀の力は圧倒的だが、その分動きは緩慢だ。僕や短刀なら容易に追いつける。何より表に出たところには鳴狐が控えているはずだ。今回の出陣は調査が目的だったから隠密に行動するのに適した刀が選ばれている。腕力で劣る分は機動力と戦略で補えばいい。敵の二刀が表に出たところを、通りで待ち構えていた鳴狐が間髪入れずに斬り掛かる。一撃で息の根を止められないのは織り込み済みだ。空かさず僕と五虎退が撃ち込み、与えうる最大の傷をその身に刻み付け続ける。それにしても空を漂う短刀の動きが少し厄介だ。それに通常、遡行軍は六体で行動していることが多い。まだ別の二体がいてもおかしくない。気は抜けないな。
それは大太刀が思わず膝を突いたときだ。討ち取ったかと少し気が緩んだのかもしれない。その隙を突いて短刀が地を這うように割り込むと、五虎退の脇に控えていた子虎の一匹を咥え大太刀に向かって放り投げた。
「あっ! と、虎くん!」
五虎退が叫ぶのと同時に大太刀はその手で子虎を掴むと、東へと向かって走り出した。
「逃すか」
すぐさま地を蹴り追いかけようとする僕の目の前をふいに別の刃が掠めた。僕は咄嗟にその刃を交わし、使い手に目を向けた。薙刀だ。
「オラァ、待てエ」
同田貫がこちらに向かって走ってくる。おそらく裏手でこの薙刀の相手をしていたんだろう。同田貫は、薙刀が振り向きざまに薙ぎ払ったその刃を、あたかも叩き落とすかの如く止め僕に叫ぶ。
「ここは俺たちに任せろ! 足の速いお前らなら簡単に追いつけんだろ?」
振り返ると鳴狐は何処からか現れた打刀と刃を交えているところだ。そこに乱と小夜クンが向かってきた。
「小夜の手当ては済んだからね」
「大丈夫。こんな傷、動きに支障はない」
乱は無傷。小夜クンも多少足を引き摺ってはいるものの振るう刃の勢いは逆に磨きが掛かっていた。これなら大丈夫だろう。
「じゃあ……ここは任せた」
僕は逃げた大太刀を追って東へと駆け出した。
「僕も行きます!」
背中に届いた五虎退の声に、僕は振り向かず手招きだけで応える。僕は前を行く大太刀を見据えたまま走り続けたが、追ってくる小さな足音で僕の意図が伝わっているのはわかった。
足の速さだけを考えれば僕らはあっという間に追いつけるはずだった。だが、そうはさせまいと敵の短刀が行く手を阻む。大太刀が逃げ果せる時間を稼ぐことが目的だから、短刀は僕らに深手を負わせる間合いには入ってこない。それは同時に僕らも短刀に致命傷を与えられないということだった。目の前の大太刀はひたすら真っ直ぐに走って行くが、短刀に気を取られた隙に脇道に入られたら厄介だ。いつのまにか追い付き僕の隣を走る五虎退は口をキュッと結び、子虎を抱えた大太刀から視線を外さず、行く手を阻む短刀を無言のまま払い退けている。いつもの自信なさげな様子はなく前へ前へと進む姿はまるで別人のようだ。僕は前を見たまま五虎退に呟いた。
「任せていいかい? この短刀」
「はい」
いつもより低いその声に迷いや躊躇いは微塵もない。僕は五虎退が短刀に組み付いた隙に身を躱して前へ出る。目指すはもちろん先を走る大太刀だ。僕は庇を足掛かりに屋根に駆け上る。ちらりと大太刀が後ろを伺った。追いかけてくる影がないことに安堵したのか、大太刀の足が鈍る。好都合だね。僕は一気に大太刀を追い越すとその前に飛び降りた。
「さあ、僕と楽しむってのはどうだい? 逃げてばかりいないでさ」
低く狙いを定めるが、いたずらに刃を向けるわけにはいかない。奴の手には子虎がいる。僕は奴が手にした子虎を避け執拗に足に斬りつける。傷を負わせることが目的じゃない。奴に両の手でその刀を扱いたくなるよう仕向けるのさ。そうすれば子虎は手放さざるを得なくなるからね。まともに食らえば僕とてひとたまりもないが、子虎を抱えたままで片手で振るその大太刀にいつもの威力はない。このまましばらく膠着状態かと思い始めたとき、五虎退に加え乱と鳴狐が駆けつけた。池田屋のほうが片付いたのかな。
「どうやら君だけになったようだね」
僕らは大太刀を取り囲み四方からそれぞれに斬り掛かる。
狙い通りだ。奴は片手でしか刀を扱えないことに痺れを切らしたのか、手にしていた子虎を空に投げ出した。
「五虎退!」
僕は五虎退に叫んだが、五虎退の視線はまっすぐ大太刀に注がれたまま微動だにしない。
「虎くんなら大丈夫です」
五虎退のその言葉に、四刀(よにん)が無言で視線を交わし頷き合う。大太刀が両の手で構え、僕らを纏めて薙ぎ払おうとするその間隙を縫って、僕らはそれぞれの刃を大太刀に突き立てた。
音にならない断末魔と供に黒い影が闇と散った。
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