砂鳥

しがないNL厨の夢豚
なかなかPCに触れず個人サイト更新が難しいので、ひとまず完成した作品はこちらに掲載しています。

投稿日:2021年07月01日 10:45    文字数:3,065

溺れる者は悪にも縋る

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就活中の大学四年生の夢主が令和→明治末にトリップして海賊房太郎に拾われる話。
黒髪ロングストレートで図体がデカくて物騒なわりに物腰の柔らかい美形が好きです。

夢小説作品

この作品は下記の登場人物の名前を変換することができます。

登場人物1

夢主の苗字

登場人物2

夢主の名前
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溺れる者は悪にも縋る
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 服が水を吸ってさぞかし重たいだろうに、足の届かない水の中にいた小雪の身体は誰かに襟首を片手でひょいと掴まれ、軽々と引き上げられた。そのまま首根っこを掴まれた猫の子のように宙ぶらりんにされる。小雪は溺れかけていたところを助けてもらった感謝を口にしようとしたが、咳き込んでなかなか言葉にならない。

「よォ、お嬢さん、若い身空で入水か?」

 若い男の張りのある声には隠しきれない好奇を含んでいた。
 誰が入水自殺なんてするか。水死体は腐敗ガスで膨張してしまい、死後も長い間に渡って水と触れ合っていることから、他の死因の死体よりはるかに醜い姿になると聞いたことがある。

「違います、わたし、溺れて──」 

 前髪から伝い落ちた水滴が目に入る。小雪は手の甲でぬぐって額に貼りついた前髪をどかした。水の膜の張った視界のせいで鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くにある男の顔が見えづらい。何度か瞬きしてようやく視界が鮮明になった小雪の双眸に映ったのは随分と目鼻立ちのはっきりとした男だった。風変わりな眉と髭のかたちをしているが、それを差し引いてもかなりの男前だ。長い黒髪が王者のローブのように広い背中を覆っている。
 小雪が男の風貌を観察している間、男もまたあらわになった小雪の顔や服装を上から下までしげしげと眺めていた。そこでようやく男の片腕一本で吊り上げられた状態から地面に下ろしてもらうことができた。小雪は安堵と寒さからへたり込んだ。地面の土には薄っすらと雪が降り積もっている。小雪はあたりを見回した。どこかの雑木林のようだが、小雪にはまったく見覚えがない。

「残念ながら、その泉じゃ溺れ死ぬには水の深さが足りねえな。むしろこの浅さでよく首まで浸かってたもんだな」

 男の言葉に小雪が背後を振り返ると、透明度の高い泉があった。それほど大きくも深くもないようだ。溺れてもがいている最中は足の届かない底なし沼のようだったのに。
 そもそも自分はどうしてこんな林の真ん中の泉で溺れかけていたのか。思い出せ思い出せとこめかみに人差し指を当てる。
 自分は大学四年生になったばかりで、講義とゼミの合間に真新しいリクルートスーツに袖を通してOB訪問したり、WEBからエントリーシートを送ったりする就活メインの生活を送っていた。たかだか入社数年目なのにやたら意識の高い社会人ぶった先輩に相槌を打つことやエントリーシートの中身のコピペ使い回しばかり上達していき、私の就活はこれでいいのだろうかと思っていた。今日も企業訪問の予定があったはずだが、そこから何があったか全然思い出せない。

(もしかして、無意識に自殺を試みるほど、就活にストレスを抱えていた……?)

 現在ずぶ濡れになったリクルートスーツを着ていることから、家を出ているとは思うのだが、それ以降の記憶がきれいさっぱり抜け落ちている。いつの間に雪が降るような季節になってしまったのだろうか。
 林の合間をすり抜けた冷たい風が、濡れた小雪の身体をなぶる。小雪は両腕で自分を抱きしめながら震え上がった。どこか屋内に入らないと自殺の前に凍死してしまう。二度目の生命の危機を感じていたとき、どさりと頭の上に分厚い布が降ってきた。溺死寸前の小雪をつまみ上げて救ってくれた男の羽織っていたコートだ。小雪はびっくりして男の長身を見上げる。男はシャツとサスペンダー付きのズボンだけになってしまっている。小雪は自分の肩にかかったコートと薄着の男を見比べた後に慌ててコートを突き返した。

「私は大丈夫です。あなたが風邪引くといけないのでお気持ちだけで。……あ、そうだ、言い忘れてましたが、溺れていたところを助けてくださってありがとうございました」

 小雪は男にコートを差し出した姿勢のまま頭を下げる。しかし、男は小雪の持つコートを受け取ろうとはしなかった。
 男は長い足を折りたたむように屈み、座り込んでいる小雪の顔をじっと見つめた。光の届かない湖の水底を思わせる瞳だ。

「お嬢さんはこの近くに住んでるの? 家族はどうした? 連れはいる?」

 男からの矢継ぎ早の質問のすべてに首を横に振って応じる。
 小雪の暮らす学生向けのアパートの近所にこんな林や泉はなかったし、大学進学とともに上京してきたので家族は地方にいるし、気付いたら一人で溺死しかけていたので連れもいない。

「……ふうん、じゃあ、あんた一人か」

 吉報でも耳にしたように、男の口元は緩やかな弧を描いた。
 そして、男がようやく小雪の手からコートを受け取ったかと思えば、再び小雪の肩にかけてきた。男の縦にも横にも大きいコートで吹きつける風を防げるだけでもかなり違う。借りてしまっていいのか。謹んで二度目の遠慮をするべきか悩んでいる小雪に、自分の膝の上で頬杖をついた男が訊いてくる。

「お嬢さん、名前は?」
「高遠小雪です」
「小雪ちゃんね。俺は海賊房太郎」
「カイゾク?」
「房太郎って呼んでよ」

 けったいな苗字があったものだと小雪は怪訝な顔になった。
 男──海賊房太郎は、小雪と対照的にニコニコと人好きのする笑みを浮かべた。背丈や風貌のせいでかなり迫力のある美丈夫なのに笑うと少しとっつきやすい印象になる。全身濡れ鼠で寒さに震える小雪の肩を抱いて引き寄せる。初対面なのにサークル仲間のように気さくなボディタッチだ。いきなり触られてギョッとしたが相手は命の恩人だし、コートを貸してくれているし、と思った小雪は房太郎の手を振り払えなかった。

「あんたみたいな別嬪さんが世を儚んで早死になんて勿体ねえよ。事情は知らないけど、それなら俺に人生預けてみないか?」

 小雪の肩に回された房太郎の手はがっしりしていて大きく力強い。手の指と指の谷間にある皮膚は他の人より広く、河童の水かきを連想させた。
 房太郎の人生という壮大なワード。怪しげな講師による就活セミナーで「自己実現」の次の次くらいに出てくる言葉だ。小雪は徐々に房太郎を警戒し始めた。そっと距離を取りたいところだが、小雪の肩を掴む手のひらはびくともしない。
 房太郎は小雪のしっとりと濡れた頭に己の頬を寄せて語り続ける。その口調はどこか陶然としていた。

「小雪。お前は今から俺のものだ。この頭のてっぺんから爪の先までな。なに、捨てた命なら、俺が拾ったって構やしないだろ」

 小雪の頭の中で危険を告げる警鐘がけたたましく鳴り響く。
 この海賊房太郎と名乗った男、最初こそは良い人かと思ったが、いきなり小雪の所有権を主張し始めた。落とし物だって拾った人には価値の一割しか貰えないというのに。房太郎は小雪の十割を要求している。
 逃げなくちゃ、と思った小雪の身体は突然宙に浮いた。房太郎がコートに包まれた小雪を抱き上げたのだ。身体のバランスが崩れた小雪は咄嗟に房太郎の胸板に手をつく。そのとき、シャツの隙間から覗く房太郎の刺青に気付いてしまった。さらにズボンには無造作に回転式拳銃が突っ込まれている。明らかに堅気ではない男に捕まった──!
 小雪は大きく身震いした。それは寒さからくるものだけではない。房太郎は小雪の胸中を知ってか知らずか、幼子をなだめるように華奢な背中を優しくさする。

「もし死にたくなったときには、俺があんたを腕に抱いて水底に沈めてやるよ」

 睦言のような殺人予告だった。
 こうして、令和の女子大生・小雪は、海賊房太郎に連れ去られることになった。
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