投稿日:2021年03月10日 13:04 文字数:9,602
五条悟のお気に入り
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高専五条が同期の三級呪術師♀に舞い込んだお見合いをぶっ潰すために料亭に乗り込んで振袖をひん剥く話。
夢小説作品
この作品は下記の登場人物の名前を変換することができます。
登場人物1
夢主の苗字
登場人物2
夢主の名前
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呪術高専の蔵書は素晴らしい。神田神保町をいくら探し歩いても見つからなかった黒魔術をはじめとするオカルトの古書が図書室や資料室に山ほどあるのだ。中学一年生で開設した黒魔術のホームページ(ちなみにヤ○ージオシティーズ)に夜蛾からスカウトメールが届いたとき、最終的に出会い系サイトに誘導する類の迷惑メールとジャッジしてゴミ箱に放り込まなくて良かった、と小瑠璃はしみじみ思った。
黒い雌鳥の代わりにスーパーで購入した鶏胸肉。死刑囚の腕の代わりに水で膨らませたゴム手袋。喚び出された悪魔が契約違反だと激怒しそうな低コストの供物で悪魔召喚の実験を試みる小瑠璃の奇行に、胸中穏やかではなかったであろう非術師の両親も、都立だろうが私立宗教系だろうが娘が無事に進学してくれたことを泣いて喜んだ。
任務はときに命がけだし、教師や生徒は曲者揃いだが、世間体を気にすることなく《黒魔術師》を名乗ることができ、小瑠璃は呪術高専に感謝している。
特に、ホームページを見ただけで小瑠璃の才能に気付き高専にスカウトしてくれた夜蛾への恩義は篤く、彼からの頼み事はなるべく断りたくないのだが──まさか十七歳にしてお見合いをするとは思わなかった。
「小瑠璃がお見合い? ウケる〜」
「これっぽっちもウケない……」
小瑠璃が夜蛾の部屋から持ち帰ってきた高級感のある台紙の中には釣書──相手方のプロフィールと顔写真が収められている。おそらく相手方にも小瑠璃の許可なく作成された釣書が渡っていることだろう。
教室の引き戸を開けるなり小瑠璃が自分の机にフリスビーのように放り投げた釣書を、硝子のほうが面白がって手に取っている。普段はクールで頼りがいのある友人が今だけは少し憎らしい。
硝子に話すつもりはさらさらないが、そもそも高専教師の夜蛾に若い女呪術師の紹介を依頼してきた呪術界の名家は、当初お見合い相手に硝子を希望していたらしい。
硝子は稀少な反転術式の使い手で、自身だけでなく他者を治癒することができる。それなりに勢力のある一門にとっては是非とも身内に取り込みたい存在だろう。もちろん、高専がやすやすと貴重な術式を有する硝子を手放すわけがない。
高専の上層部はやんごとなき呪術師の一門との衝突を避けるため、若い女呪術師がご希望でしたら家入硝子は出せませんが他に同年代の女呪術師がおりますよ、と硝子と同期の小瑠璃を差し出すことに決めた。
お見合い相手が硝子であることが重要ならば相手方から断るだろうし、「妊娠出産可能な年齢の女呪術師」の条件さえ満たしていれば誰でも良いようなら、小瑠璃が十七歳の若妻になるだろう。突如として白羽の矢を立てられた小瑠璃は完全なるとばっちりだ。
あんな強面をして生徒思いの夜蛾は、いきなり渡された釣書に目を白黒させている小瑠璃に今回の事情を話してくれた。相手方は加茂家の分家だという。傍流とはいえ加茂家には違いないので、無礼は決して働くな、相手方から断られるように努めろ、という高難易度の助言をしてくれた。
「相手と高専の顔を立てるため、私からお見合いを断っちゃいけないし、お見合い相手がもしも結婚したいと言った場合は拒否しちゃダメなんだって。シュールストレミングを頭から被ってお見合いに行こうかな〜〜〜」
加茂家の分家筋と高専の板挟みという憂き目にあっている小瑠璃は、もはや自暴自棄の心境である。
そのときだった。親友の夏油が地方出張で退屈だったのか、自分の机に突っ伏して昼食後の午睡を決め込んでいた五条が、ゆっくりと上体を起こした。まだ眠たいようで長躯を猫背気味に丸め、サングラスのない目元を片手で覆っている。その指の合間から、白くて長い睫毛に縁取られた碧眼が、突き刺すような眼差しで小瑠璃を見た。
「──お見合い?」
五条の目覚めの第一声が、不機嫌そうな重低音の《お見合い?》である。
どうやら小瑠璃と硝子の話し声のせいで目覚めてしまったらしい。
ここまで五条の寝起きが悪いと知らなかった小瑠璃が慌てて謝罪するより早く、五条は椅子から立ち上がった。下からのアングルで見上げると「そびえ立つ」という表現がしっくりくる長身だ。その大男が青い瞳を曝した凶悪な人相で小瑠璃に近付いてくる。
「いつ? どこで? どいつと?」
「五条くん、近い近い近い」
息継ぎなしで問い詰めてくる五条。思わず逃げ場を求めて椅子から腰を浮かした小瑠璃に対し、五条はお互いの身体が接触しそうなことなどお構いなしに押し迫ってくる。距離を取ろうと後ずさりすると、その分だけさらに詰められる。小瑠璃が気付いたときには教室の隅まで追い込まれてしまっていた。五条の鳩尾と小瑠璃の胸のあたりがくっつきそうな至近距離だ。
「それとも……俺には言えない話?」
声のトーン。ご自慢の六眼をかっぴらいた形相。その長身を惜しみなく利用し、小瑠璃の逃げ道を塞ぐように壁に腕をついて見下されている。凄まじい圧である。
「ほら、パス」
すかさず救いの手を差し伸べてくれたのは硝子だった。小瑠璃に覆い被さるように屈み込んでいた五条に釣書を投擲したのだ。五条は片手で難なく掴み取る。
「なにこれ」
「小瑠璃の見合い相手の写真と紹介文」
「へぇ」
お見合いの当事者である小瑠璃はまだ目を通してないというのに、硝子に続いて五条が釣書を勝手に読み始めた。止めたほうがいいのか悩んだが、せっかく五条の関心が小瑠璃から釣書に移ったので下手に声をかけて刺激は避けたい。人様の釣書を眺めている五条をただ見守る他ない。
「28歳? ハッ、おっさんじゃん。十代と見合いなんてロリコン変態野郎かよ」
どうやら小瑠璃のお見合い相手はひと回り近く年上の28歳のようだ。五条はおっさんだと鼻で笑ったが、二十代後半から三十代前半は繊細微妙なラインなので、五条がその年代になったとき今の言葉がそっくりそのまま返ってこないといいのだが。
「青田買いでしょ。名家自慢のところほど非術師の血は入れたくないらしいし。その28歳も加茂家みたいじゃん」
「加茂の分家? 分家……分家ねぇ……」
五条は釣書を持っていないほうの手で椅子をたぐり寄せたかと思えば、そこにどっかりと座った。身体が触れ合いそうなほど近くにいた五条がようやく離れてくれたので小瑠璃はほっと胸を撫で下ろした。
椅子に腰掛けた五条は一見すると不機嫌はどこかに去ったようだが、透明度の高い碧眼を炯々と光らせ、口元には何やら邪悪な笑みを湛えている。これは悪だくみをしているときの顔だ。
「さぁて、どうしてくれようか……」
「おーこわ」
硝子は巻き込まれたくないという意思表示のように五条に背中を向けてしまった。
そこでようやく、五条の不機嫌の原因が寝起きの悪さだけではなく、自分のお見合いにあるのだと小瑠璃は気付いた。
押しも押されぬ五条家の俺より先にお見合いなんて小瑠璃のくせに生意気だ、という感情の発露なのかもしれない。
五条から、どうしてくれようか、と犯行予告を受けた小瑠璃のお見合いにはたしてどうなることやら。
※
お見合い当日。
冠婚葬祭の礼服として認められているから構わないだろうと小瑠璃は普段通りの制服姿をしていた。その格好で学生寮の前に横付けされた高専の車に乗り込んだところ、運転手を務める補助監督に驚かれ、お見合いの前に高専馴染みの呉服店に連れて行かれた。そのままあれよあれよという間に着付けからヘアメイクまで施されて、小瑠璃はすっかりめかし込んだ振袖姿になった。
着替えが終わると再び車に乗り込み、大物政治家の行きつけのような佇まいの日本料亭に到着した。建物全体が緑豊かな日本庭園を囲むようにできており、仲居に案内されて縁側を歩いていると、人工池で大きな錦鯉が優美に泳いでいるのが見えた。
「こちらが控え室になります。加茂様がお見えになりましたらお声がけしますので、それまでお待ちくださいませ」
と仲居は退室して行った。
八畳ほどの和室に一人残されて手持ち無沙汰になった小瑠璃は、ひとまずテーブルの上のきんつばに手を伸ばした。高級料亭に置かれているお茶菓子なだけあって、ふっくらとした小豆と上品な甘みが美味しい。高専のみんなに持って帰ってあげたいと思った。硝子は辛党だから、ああ見えて美食家の七海や甘党の五条が喜びそう。そんなことを考えつつ半分くらい食べたところで、聞き覚えのある声が小瑠璃の耳朶を打った。
「うまそ。半分ちょーだい」
背後から長い腕がぬっと伸びてきて小瑠璃の手を捉えた。小瑠璃の手首を掴んでもなお指先が余るような大きな手だ。続いて小瑠璃の視界に白い頭がフレームインし、小瑠璃の手にするきんつばをぱくりと咥えた。サングラスをかけた色白の横顔──同級生の五条悟その人だった。
どうして同級生が小瑠璃のお見合いをする高級料亭に現れたのか。そして未開封のきんつばがテーブルに並べられているのになぜ小瑠璃の食べかけを強奪したのか。
悪びれることなくきんつばを咀嚼する五条を見上げる。私服姿の五条は高専の制服と変わらないほど上下黒い。シンプルなデザインだが、呪術界の名家の生まれで持ち物がいちいち高級な五条なので、全身で云十万するのかもしれない。
「振袖じゃん。なに、七五三?」
「十年前に終わったわい。お見合いだよ」
「冗談。すげえ似合ってる」
五条が、あの五条悟が、素直に褒め言葉を口にした。
普段は憎まれ口しか叩かない男なので、目の前の人物は本当に五条なのか、誰かが術式を使って化けているのでは、と小瑠璃は喜ぶより先に警戒してしまう。五条は珍しくニコニコしながら続ける。
「いや、ほんと、可愛い可愛い。脱がせるのが勿体ないくらい」
脱がせる? 着替える、ではなく?
その言い回しに猛烈な違和感があった。
どこから聞きつけたのか、あるいはただの偶然なのか、小瑠璃のお見合い場所に現れた笑顔の五条。怪しすぎる。
小瑠璃の第六感がこの場から退避しろと頭の中で警笛を鳴らしまくっている。
小瑠璃は五条に向かってにっこり作り笑いを浮かべて「ちょっとお花を摘みに」と部屋から逃げ出そうとしたときだった。
急に背後から五条に抱きすくめられた。
いや、違う。五条の手は小瑠璃の着ている着物の帯紐に伸びている。その長い指をねじ込んで結び目をほどき始めたのだ。
「五条くん!?」
「きっついな。この結び目」
口ではそんなことを言いつつ、五条は器用な手付きで緩めた帯紐を床に落とした。今度は小瑠璃の背中で花結びにされた帯に取りかかろうとする。
「ちょ、待っ、いったい何を──」
「おとなしくしてろよ」
五条は暴れる小瑠璃の背中に片肘を載せて押さえ込むだけであっさりとねじ伏せ、帯をしゅるしゅるとほどき始めた。
──このままでは五条にひん剥かれる!
テーブルの上にうつ伏せの状態で押し倒されている小瑠璃は、だんだん手足の先から血の気が引いていく感覚に襲われた。
そこそこ親しくしている同年代の青年から力尽くで身体の自由を奪われている。それは任務中に特級呪霊と遭遇したときとは別種の恐怖だった。何しろ、のしかかってくる相手は身の丈二メートル近い大男で、着物越しに背中に感じる腕は筋肉質である。押し返そうとしてもびくともしない。
ステゴロでの力の差がここまで歴然としているなら、残された手段は説得か、もしくは術式による攻撃だ。ひとまず前者を選んだ小瑠璃は声を張り上げる。
「もしもーし! 五条悟くーん! なんでお友達の月島小瑠璃さんの身ぐるみを剥いでるのか伺ってもいいですかー!?」
「なんでって、着る服なけりゃ、お見合いに出れないだろ」
「もっと穏便な方法があるでしょ! きみは八百屋お七の末裔か!?」
この問答の間にも五条による追い剥ぎ行為は着々と進行しており、もはや使い物にならなくなった帯は畳の上に投げ捨てられ、ついに五条の手は小瑠璃の振袖の襟元にかかっている。
このままでは玉ねぎのように一枚一枚脱がされていくのではないか。こうなったら最後の手段──小瑠璃の術式しかない。
小瑠璃がそんなことを思っていると、障子戸で隔てられた縁側のほうから、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「お支度はお済みでしょうか」
聞き覚えがあったので先程部屋まで小瑠璃を案内してくれた仲居のようだ。
傍から見れば、正体不明の白髪の大男に少女が狼藉を働かれる寸前のこの状況──どう説明したらいいのだろう。
「あ、入って」
入室を認めたのはまさかの五条だった。
恭しく引き戸を開けた仲居は、まずはじめに畳に無造作に投げ捨てられた極彩色の帯に目を留め、その次にテーブルに押し倒されている小瑠璃(振袖は半脱ぎ)とその上に覆い被さる五条を見た。静止すること三秒。仲居は接客用の微笑を浮かべて、開けたばかりの引き戸を閉めて退室しようとした。
「待って、おねーさん」
気さくな口調で五条が引き止める。小瑠璃の背中に載せられていた五条の腕がようやくどかされた。体格差があるので多少の手加減は加えられていただろうが、圧迫されていた肺がだいぶ楽になった。
五条は仲居のそばまで行くとジャケットの内ポケットから学習ノートくらいの厚さの封筒を出す。
「少ないけど、心付けね」
「いつもありがとうございます。五条様」
「もう少ししたら俺がそっち行くから、加茂の分家はテキトーに待たせといて」
「かしこまりました」
仲居はこなれた様子で五条から封筒を受け取って懐にしまうと、深々と頭を下げて退室してしまった。その一連のやりとりを見せられた小瑠璃は目が点になっている。
「だって、加茂の分家なんかより、五条家当主のほうが上客だし」
目が口ほどにものを言っていたのか、訊かれていないはずの五条が話す。分家とはいえ御三家の一つ・加茂家の人間を「なんか」と言い切ってしまうところが、生まれついた頃から呪術界のヒエラルキーの頂点に近い位置に立つ五条らしい傲慢ぶりだ。わざとらしさのない、非常に自然な口調だったので、小瑠璃はむしろ感心してしまった。
仲居に堂々と賄賂を渡した五条は、小瑠璃のそばに戻ってくると、乱れた着物姿で立ち尽くす彼女の襟元を容赦なく掴んだ。
「時間ないし、急いで脱がせるから」
「ひ……人でなしーーー!」
「おー、はしゃぐなはしゃぐな」
こうして、小瑠璃は振袖だけでなく最後の砦だった長襦袢まで脱がされ、とうとう下着姿になった。武士の情けなのか、五条が脱がせたばかりの振袖を肩にかけてくれたので胸の前でかき合わせ、その場に膝を抱えて三角座りをする。
「五条家の末代まで祟ってやる……この恨み晴らさでおくべきか……」
同級生に身ぐるみを剥がされて下着姿まで見られることになった小瑠璃は涙ぐんでいるものの、呪術師だけあって負の感情による復讐心のほうが勝っている様子だ。小瑠璃が呪詛師に堕ちることがあれば、それはこのときの五条のせいに間違いない。
「なぁ、小瑠璃。お前って着物の着付けできないよな?」
「五条くんとはもう口きかない……」
「いや、いま話してるし。じゃあ、念のため着れないようにする」
そう言うと五条はがらりと障子戸を開けて縁側に出た。小脇には小瑠璃の着ていた長襦袢や帯を抱えている。さらに縁側のガラス戸まで開け放ち、手入れの行き届いた木々や庭石に囲まれた池を見下ろす。
急に錦鯉に餌やりをしたくなったのだろうかとその背中を眺めていると、五条はあろうことか池に衣類を投げ入れた。驚かされた錦鯉たちはかわいそうに水音を立てながら右往左往逃げ回っている。
「ふう……これで良し」
「何一つ良くない! 正気か!」
呪術師にしては温厚な性格の小瑠璃がとうとうブチ切れた。当然といえば当然だ。池の中に放り込まれた帯などは呉服店からの借り物だし、その呉服店に制服を預けているので帰るときの服がない。
「そんなにぷりぷり怒んなよ。駅ビルで適当に買ってきてやったから」
その言葉にふと五条の足元を見ると、そこには淡いグリーンのショッパー。真ん中にはブランド名が書かれている。
五条が若い女性向けの服屋に入って小瑠璃の服を買ってきたことも驚きだが、料亭に到着する前からお見合いの場に出られないように小瑠璃の服を脱がせて処分するプランが進行していたことのほうに戦慄した。
「ちょうだい。今すぐ」
この際ドンキで買ってきたジャージだろうがなんだろうが着れるものならなんでも構わない。
小瑠璃が手を伸ばそうとすると、五条は持ち手のリボンを指先で引っかけるように取り上げた。ショッパーを持った腕を上げて天井ぎりぎりの高さで見せびらかす。
「おあずけ。俺が戻ってくるまでステイ」
「……ッッッ、クソ五条ぉぉぉ!!」
「うっわ。それ歌姫の真似? 萎える〜」
五条は片手にパステルカラーのショッパーをぶら下げ、「良い子で待ってろよ」と小瑠璃に言い残すと部屋を後にした。
おそらく五条が向かう先は加茂家の分家筋の男のいる座敷だ。
五条的にはかなり手心を加えたであろう小瑠璃でさえこんな目にあったのだ。その分家の男が無事に済むわけがない。丸裸にされたのち錦鯉の餌になるコースかもしれない。
──そもそも、五条くん、なんで人のお見合いを完膚なきまでにぶち壊しに?
小瑠璃の疑念は深まるばかりだが、下着姿に振袖を羽織ってまで出席したいほど結婚願望があるわけではないし、五条悟のふるまいは天災みたいなものなので欠席したところで不可抗力だろう。
「高専に早く帰りたい……」
豪奢な帯の間を縫うように泳ぐ錦鯉を見つめながら小瑠璃は深い深い溜め息をついた。
※
加茂家の分家筋──加茂某とのお見合い会場となる座敷にはすでに加茂家の面々が待機していた。テーブルの片側の長辺には和装姿の加茂某とその母親が座り、彼らの後方の壁際には家人の男二名が起立している。その反対側の小瑠璃サイドには椅子が一脚置かれているのみだ。
仲居を呼びにやらせたのになかなか現れる様子がないことに母親のほうが苛立った様子を見せていた。「非術師の出のくせに」「学生の分際で」「加茂家を待たせるなんて」とすでに小瑠璃は悪印象のようだ。名家を鼻にかけた言動はいつものことなのか、息子の加茂某は辟易とした顔で熱のこもっていない相槌を打っている。
「お見えになりました」
ようやく外から仲居の声がかかった。
加茂家に対して無礼な非術師の出の小娘にどんな罵声を浴びせかけてやろう、と眉尻を吊り上げた母親は、呑気に遅れてやってきた少女を睨みつけるつもりだった。
「や、どーも。ご機嫌うるわしゅう、加茂家の皆さん。五条家当主の五条悟でーす」
鴨居に頭をぶつけないように猫背気味に入室してきたのは白髪長身の青年だった。男にしては色の白い顔は端整で、齢五十を越えた女が見惚れてしまうほどだった。白くて長い睫毛に縁取られた碧眼が最上級の宝石のようにとりわけ美しい。
「ご、五条悟!?」
息子の悲鳴じみた声にハッとする。
五条悟といえば、十代の若さで日本呪術界の名門《五条家》の当主となり、相伝の術式と六眼を併せ持つことから、すでに当代一の呪術師と目されている。相手は当主なので顔を合わせたことはないが、白髪碧眼で眉目秀麗の青年だという噂は聞き及んでいた。
その五条悟がなぜ息子の見合いの席に突然現れたのだろうか。
五条は、加茂家の面々とテーブルを挟んだ向かいの椅子を引くと勝手に座り、長すぎる足を持て余すように組んだ。本来は見合い相手である月島小瑠璃がたった一人で座るための席だった。
「俺の同期がお見合いするって聞いて、野次馬? 物見遊山? なんか面白そうだから見学に来たわけ」
五条の話しぶりがあまりに軽薄だったので母親と息子は視線を交わす。その出自と術式こそ目を見張るものがあるが、所詮は十代の子供である。当主という地位に酔っているに違いない。適当に会話を合わせてお引き取りを願うのが最善の方法だろう。驚きから立ち直った二人の顔は追従笑いに変わる。
「さすがは五条様。ご学友思いですね」
「五条様と親しくして頂いているお嬢さんと縁組できるなんて我々も光栄ですわ」
他人からの耳触りの良い言葉は聞き飽きていると言いたげに五条は表情一つ変えない。鋭くカットしたブルーダイヤを思わせる炯眼だけが冷たい光を放っている。人間に見つめられている気がしなくて、加茂家の親子は背筋が薄ら寒い。五条は手入れの行き届いた爪先でトントンとテーブルの端を叩く。
「アンタたちは複数。片や小瑠璃は親や高専の付き添いなし。術師の家系でもなく後ろ盾もない女一人ならアンタらのいいように話を進められると思った?」
五条の糾弾めいた言葉に親子は思わず息を止める。自分たちと同じ《こちら側》の人間の五条から、何の家格も持たない三級呪術師の扱いについて批難されるとは夢にも思わなかったからだ。
「勝手に調べさせてもらったけど、加茂家の遠縁の女と結納まで済んでるみたいじゃん。それで小瑠璃と縁談? なに、重婚? お盛んなことで」
「お、お待ちください。五条様、なにか行き違いがあるようです」
母親に肘で小突かれた加茂某は顔色をなくして弁明する。
「五条様のご学友と戸籍の上での婚姻はしませんが、一人でも多く跡継ぎを産んでもらうために側室に迎え入れるつもりです。非術師の家に生まれた者が、加茂家の一員に加わるのですから、同じ御三家としてご学友もますます五条様とお心が通じ合うかと──」
突然の衝撃と大きな音。テーブルが激しく揺れた。加茂某と母親は小さな悲鳴をあげて跳び上がる。五条がそれまで床に投げ出していた長い足をテーブルの上に叩きつけるように載せたのだ。よく見ればテーブルの天板には蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。五条の強烈な踵落としによるものだ。
「俺と、お前が、同じ御三家? 加茂家の分家ごときと五条家当主のこの俺が同じ?」
「も、もも、申し訳ありません! 身の程をわきまえずにご無礼を──」
五条は婉然と微笑みながら、親指を真下に向けるゴー・トゥ・ヘルのハンドサインで床を指し示し「土下座」と命じる。二人は先を争うように椅子から飛び降り、畳の痕がつくほど額をこすりつけた。彼らの後ろに控えていた家人たちは慌ててそれに倣う。
「月島小瑠璃から手を引け。アイツとは今後一切関わるな。ご自慢の加茂家の血と能力を受け継ぐどころか、俺そっくりの子供が生まれたら家名に泥を塗る醜聞だろ? アイツの側室は五条悟のお手付きだって行く先々で陰口叩かれるぞ。術師は陰湿だから」
五条のあけすけな脅しに、加茂某の母親は羞恥か屈辱か、はたまた己の息子より年若い青年の色気に当てられたのか、顔を真っ赤にしてしまった。息子の加茂某は五条家当主の逆鱗に触れてしまった己の身を案じて、ただただ顔面蒼白で平伏した。
こうして、月島小瑠璃のお見合いは、本人が出席することなく破談になった。
五条悟お見合い殴り込み事件は日本呪術界にあっという間に伝播し、「高専には五条悟のお気に入りがいるから気を付けろ」と高専から嫁探しをする呪術師は激減したという。
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