投稿日:2021年02月09日 10:35 文字数:6,779
大人は知らない
高専一年の七海と任務に向かう二年の三級呪術師♀
高専七海→夢主←高専夏油かもしれない
夢小説作品
この作品は下記の登場人物の名前を変換することができます。
日本呪術界の名門・五条家出身で術式も呪力も規格外のサラブレッド。非術師の家庭に生まれながら高位の呪霊操術使い。高難度の反転術式を操り、他人を治癒できる稀有な回復役。
──お前たちのひと学年上の呪術師たちは近年まれに見る逸材ばかりだ。そのぶん、可愛げの欠片もないがな。
入学当初から、呪術高専関係者の大人からは耳にたこができるほど聞かされてきた優秀すぎる先輩たちの話。
同級生の灰原雄などは「すごい先輩たちに追いつけるように頑張らないと!」とかなりポジティブに受け取っているようだが、七海建人は聞けば聞くほど「それに比べてお前たち一年は」という言葉が隠れている気がしてならなかった。自分は灰原と対照的に勘ぐり過ぎているのだろうか。
「だけど、二年生はあと一人いますよね」
五条悟、夏油傑、家入硝子の三人の名前ばかりが大人の口から出てくるが、七海は在校生との顔合わせのときにあまり話題に上ることのない《四人目》を見ていた。
トーテムポールのようにそびえ立つ五条や夏油と比較すると人形のように小さく華奢な見た目の少女だった。
毎日の手入れの大変そうな長い髪と優しげな顔立ち。ケープコートのようなデザインの制服とデニールの濃いめのタイツを身に着けており、黒との対比で抜けるほど色の白い顔と手が際立っていた。
高専の大人たちからは取り立てて語られることのない、ただの三級呪術師の少女が、七海の目には不思議と鮮明に映った。
「小瑠璃さんのこと?」
教師や補助監督から幾度となく聞かされた二年生たちへの人物評に対する愚痴ともつかないひとりごとのつもりだった。
それを七海と肩を並べて歩いていた灰原がすかさず反応する。ごく自然に《四人目》を名前を呼んだ。
友達100人できるかなを実現できそうなほど社交的な性格の灰原は、持ち前の慎重さで人との間に一線を引く七海とは異なり、すぐ相手の懐に潜り込んでゆく。
特に、凄腕の呪霊操術の使い手・夏油傑を慕っているようで、姿を見かければどんなに距離があろうと大声を張り上げて駆け寄っていくところは驚きや呆れを通り越してもはや尊敬に値する。
「随分と仲が良いんですね」
とはいえ、年上の女性に対してファーストネームで呼んでいることを暗に指摘すると、灰原は照れ臭そうに笑った。
「先輩に対しておかしいよね。小瑠璃さんを見ていたら妹のことを思い出してさ。妹と身長が同じくらいだからかな? 入学した日に自販機の前に立っていて、同級生だと思って話しかけてみたら先輩だったわけだけど、名前で呼んでいいよって言ったから」
人と関わることに積極的な灰原はすっかり小瑠璃──月島小瑠璃と顔見知りらしい。
午後からの任務のため補助監督が待機する昇降口まで移動中の七海。今日は何の任務もないはずの灰原が、わざわざ教室からついてくることを不思議に思っていたが、もしやと横目で隣の青年を見る。そこには夏の青空のように晴れやかな笑顔があった。
「七海は今日小瑠璃さんとの任務だから挨拶しときたいなと思って」
「どうして貴方が知っているんですか」
「夏油さんに聞いたんだよ。夏油さん、戦闘向きじゃない小瑠璃さんのこと心配していたけど、僕が『七海と一緒だから安心してください』と言っておいたよ!」
「勝手に太鼓判を押さないでください」
灰原のこういうところが空恐ろしい。
そこそこ背丈のある男二人の足なので、教室から廊下を通り、すぐに補助監督の待つ昇降口に辿り着いた。外靴に履き替えて校舎の外に出る。そこには高専の所有する黒塗りの車。そして、後部座席のドアの前には、長い髪をした小柄な体型の少女が立っていた。月島小瑠璃である。
「小瑠璃さーん!」
灰原がいの一番に駆け寄った。
小瑠璃は、自分の目の前でびしっと背筋を伸ばして立つ灰原と、その後ろから普通の足取りでやってくる七海を不思議そうな顔で見比べる。
「小瑠璃さん、お疲れ様です! 今日も良い匂いですね!」
「えっ!? お、おう、ありがとう。儀式に使っているお香かな」
「自分、悪魔って見たことないんで、ぜひ今度悪魔召喚ってやつを見せてください!」
「いいよ。見物料は寿命3年分ね」
「3日分じゃダメですか!」
「値切る!? 逆に3日分はいいの!?」
初対面のときはその見た目から物静かな印象だったが、灰原とのやりとりをこうして目の当たりにすると実際の性格は七海の想像とかなり違うようだ。ただ、灰原から突然褒められて動揺したり、寿命の値切りに困ったように微笑んだり、万華鏡のようにくるくる変わる表情は年相応で愛らしかった。
七海が小瑠璃のそばまでやってくると、灰原はマナー教本のモデルになれそうな最敬礼の角度で上半身を倒した。
「七海のこと、よろしくお願いします!」
「貴方は私の保護者ですか」
「え? あ、はい、不束者ではありますが、こちらこそよろしくお願いします!」
「…………」
灰原の発声の良さにつられて小瑠璃まで声を張り上げて応じる。七海はもはやツッコミを放棄した。二人を無視してさっさと車のドアを開けると小瑠璃に声をかける。
「先輩、お先にどうぞ」
「……!! どうもありがとう。七海くんって紳士なんだね」
「女性に対して当然のことをしたまでです」
「なんてできた青年なんだろう……五条くんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい……」
小瑠璃は灰原に手を振ると、七海のレディファーストをありがたく受け入れて車の後部座席に腰を下ろした。お尻をシートにつけたまま奥に行こうとしたところ、「私が反対側から乗るのでそのままで構いません」と七海が言い、わざわざ反対側のドアに回り込んで車内に乗り込んだ。
灰原から、七海は北欧のどこかの国の祖父と日本人のクォーターと聞いていたが、そのせいなのか本当に紳士的な後輩だと小瑠璃は深く感動した。
二人がシートベルトを締めると、補助監督の安全運転で車は緩やかに発進した。目的地に到着するまで約二時間ある。最初は補助監督から渡された資料を読んでいたが、10分もあれば目を通せるのですぐに時間を持て余してしまう。先に資料を膝に置いた小瑠璃が大きな双眸で七海の横顔を見る。何か話したげな眼差しだったので、さすがに気付かないフリは忍びなく、七海は「何か?」と小瑠璃に尋ねた。
「七海くんとこうして二人きりになるのって初めてだなと。七海くんは新入生と思えないほど優秀って聞いたから、今日の任務は楽勝かもしれないね」
「私への評価などルーキーに対するただのお世辞に過ぎませんよ。なにしろ、二年生には規格外の特級と一級がいるんですから」
口にした直後に七海ははたと気付く。二年には特級の五条、特級に近い一級の夏油、上層部から特別扱いを受ける硝子がいる。その中で周りから特段の関心を持たれない小瑠璃はどんな気持ちでいるだろうか。失言だったかもしれない。七海が隣に座る小瑠璃のほうを窺ってみると、何やら真剣な顔をして手元に目を落としている。その白くて小さな手にはいつの間にか目的地近くの温泉街の観光パンフレットがあった。
「お土産は温泉まんじゅうにしようと思うんだけど、七海くんはこしあんと粒あんのどっちが好き? 私はなんでも美味しく頂けるけど、こしあん派って『粒あん死すべし、慈悲はない』みたいな至上主義が多くない?」
「…………私は白あん派です」
「第三の選択肢!」
長い沈黙の末の七海の回答に小瑠璃はますます難しい顔つきになり、観光パンフレットのお土産特集と睨めっこする。
呪術師の才能に恵まれた同級生に囲まれた小瑠璃は日頃居たたまれない思いをしているのではないか、と想像していた。堂々として自信に溢れた二年生たちの中で場違いなほど小さく儚げに見えた小瑠璃の姿に、高専に入学して絶えず大人たちからの評価や呪術界の不条理に晒された己を重ねてしまっていたのかもしれない。
自分は大丈夫だ、この世界に呪術師としてつつがなく適応できている、だがあの少女はどうだろう、と時折憐れむことで七海は心のどこかで安寧を得ていた。
だが、こうして実際に至近距離で目にして話してみた小瑠璃は、案外タフで明るい性格の少女だった。
小瑠璃本人は当然七海の心情など知る由もないだろうが、申し訳ないことをしていたなと七海は思った。
※
七海が近距離でぶった切り、小瑠璃は中距離からぶっ飛ばし、午後6時を過ぎたあたりには任務完了となった。その足で温泉街の閉店間際の土産物屋に滑り込み、粒あんとこしあんが半々に入っている温泉まんじゅうを無事に購入できた。
そこから高速道路を利用して二時間。高専に到着した頃には午後9時になろうという時刻だった。
補助監督の運転する車の後部座席で小瑠璃はすやすやと眠っていた。胸の前でお土産の温泉まんじゅうの菓子折りをしっかりと抱き締めている。
高速道路に入ったあたりから、小瑠璃の頭はこっくりこっくりと舟を漕いでいたが、そのうち完全に眠りに落ちていた。後部座席のシートに預けられていた頭は次第にずるずると横に滑り、道路の緩やかなカーブのときには遠心力でとうとう七海の肩にぶつかって止まった。その頭を反対の窓側に押し返すことはできたが、七海はなるべく身動きせずに自分の肩を貸してやった。そのため、等間隔に配置された道路照明灯によって暗い車内で仄白く浮かび上がる小瑠璃の寝顔を眺めるしかなかった。
「先輩、月島さん、学校に着きましたよ」
いまだに肩を枕にされた状態で七海は声をかける。さらに自分の肩を軽く揺らして振動を与えてみたが、小瑠璃が眠りから覚める気配は一向にない。むにゃむにゃと何やら不鮮明な寝言まで洩らしている。あまりに気持ち良さそうに寝ているのでだんだん起こすのが不憫に思えてきた。七海はバックミラー越しに後部座席を窺っている困り顔の補助監督に話しかける。
「月島先輩を寮まで連れて行くので、すみませんが、私の代わりに帰還の報告だけお願いします」
補助監督に後部座席のドアの開閉と背中に小瑠璃を載せるまでを手伝ってもらい、七海は学生寮に向かって歩き出した。校舎から学生寮まではそう遠くない。都内とは思えないほどの深い森林に囲まれた高専の周辺は真っ暗だが、学校の敷地内は夜間照明があるので迷わずに辿り着ける。
過去に任務中に負傷した仲間を担いだ経験はあったが、ただ眠りこけている先輩の女性を背負うのは初めてのことだった。
小瑠璃の身体と触れ合っている七海の背中には、女性らしい柔らかな肉付きと、その奥の華奢な骨格だけが伝わってきた。あまり筋肉というものが感じられない。人間に対しておかしな例えだが、わた菓子を背負っているようだと七海は思った。時折身じろぎされると背筋がぞわりとむずがゆくなった。
さらり、と七海の肩のあたりから、小瑠璃の長い髪がこぼれ落ちる。甘い芳香が七海の鼻先をくすぐった。灰原が小瑠璃に良い匂いがすると言っていたことを思い出した。悪魔を喚び出す儀式にはこんな香りが漂っているのだろうか。
小瑠璃を背負った七海はようやく学生寮の玄関ホールに到着した。すでに消灯の時刻を過ぎたため室内照明は低照度の常夜灯に切り替わっている。
呪術高専は呪術教育機関という特殊性ゆえ生徒の数が少ないので、生徒はみな同じ棟の学生寮で共同生活を送っているが、さすがに男女で階を分けている。
背中に小瑠璃がいるとはいえ、女子の階に無断で立ち入るわけにはいかない。二年生の硝子を呼び出して小瑠璃の部屋まで案内してもらうのが最善の策だろう。硝子の携帯電話の番号を知らないので、小瑠璃の携帯電話を借りなくてならない。ただ、眠っていて意識のない女性のスカートのポケットに手を突っ込んでいいものかは非常に難しい判断だ。
そんなことを考えていた七海は、ふと玄関ホールから廊下で通じる奥──共有スペースにあるソファーに座る人影に気付いた。足元灯でひときわ濃い影のように浮かび上がった輪郭は体格の良い男のものだ。向こうも、七海の存在に気付いたようでソファーから立ち上がり、ゆっくりと近付いてくる。
寮の中にいる人間なのだから十中八九同じ学生だと理性では分かっているが、七海は薄気味悪いものを感じて小瑠璃を背負ったまま身構える。玄関ホールから廊下に投げかけられた常夜灯の明かりで足元、胴体、そして男の顔が徐々に確かになった。
「──やあ、お帰り。遅くまでお疲れ様」
そこには普段シニヨンに結わえている黒髪を下ろし、高専の学生服からラフな部屋着に着替えた二年生の呪霊操術の使い手・夏油傑の姿があった。
ほんの一瞬──ぞっとするほど冷たく酷薄な顔つきに見えたが、七海が目を凝らそうとしたときにはすでに常日頃の穏やかな夏油の顔になっていた。もともと鋭い顔立ちのせいなのか、表情がなくなるだけで別人のように感じられたのかもしれない。
上履きのサンダルをペタペタ鳴らして七海の背中側に回り込んだ夏油は、ぐっすり眠り込んでいる小瑠璃を覗き込む。
「小瑠璃はまさか怪我でも?」
「いえ、帰りの車内で寝てしまって」
「やっぱり。こうなったら何をされようが、なかなか起きないんだ。黒魔術師を名乗っているわりには朝型みたいでね」
ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべた夏油は、七海に向かってその長い両腕を差し出した。
「大変だったね。あとは私が預かるよ」
七海は思わず夏油の顔と腕を交互に見た。
小瑠璃を渡せということらしい。
意識のない年頃の少女を家族でもない青年に預けていいものか。さらに夜中に部屋まで送り届けることを黙認することになる。それは七海の信条に反する。
「お断りします。夏油さんを信用していないわけではありませんが、良からぬ噂が立ったときに困るのは女性なので」
「君のそういう賢明なところ、私は嫌いじゃないな」
「ありがとうございます」
「だけど杞憂だな。小瑠璃は任務の前に硝子に部屋の鍵を預けていくから、私は硝子に部屋を開けてもらい、ベッドに小瑠璃を置いてくるだけ。安心したかい?」
いかがわしいことは何一つないと言わんばかりに理路整然と話す夏油。誰しも納得するような正論を笑顔で語るので、彼の言う通りにしていれば万事間違いないと思わせる説得力がある。しかし、七海はまだ小瑠璃を夏油に託すことに躊躇いを感じた。
「ほら。朝までこうしているつもりか?」
「……お願いします」
七海の背中から小瑠璃を受け取った夏油は安定感のある手付きで小瑠璃の身体を横抱きに抱え直し、玄関ホールのすぐそばの階段を上っていこうとした。七海はなぜか引き留めなくてはいけない気がして声をかけた。
「──夏油さん、どうしてこんな夜更けに一人で座っていたんですか?」
階段の踊り場手前に差しかかっていた足を止めて夏油が振り返った。小瑠璃を抱きかかえたまま、いまだ玄関ホールに立ち尽くす七海を見下ろす。
「灰原から聞かなかった? 小瑠璃が無事に帰ってくるか心配でね。この様子だと待っていて正解だったな」
いくら心配だからと言っても、ただの同級生のいつになるか分からない任務の帰りを消灯後も待つのは尋常ではない。
自分はよりによって最も危険な相手に小瑠璃を任せてしまったのではないか、という後悔が込み上げてきた。七海は階段の手すりを掴んで二人の後を追おうとする。
「やはり私が月島先輩を部屋まで連れて行くので渡してください」
「返してあげないよ」
七海を牽制するように微笑むと、夏油は小瑠璃を抱いて二階へと姿を消した。
決して大声で恫喝されているわけでもないのに、その凄みに圧倒された七海は、追いかけることがかなわなかった。
まもなく特級に手が届こうという一級呪術師の夏油は、大人たちの評価の俎上に載せられることもない三級呪術師の小瑠璃を、異性として特別視している。
呪術師をしていると、術師か、非術師か、強いか、強くないか、という評価基準で人を測るようになってゆく。
小瑠璃は膨大な呪力も相伝の稀有な術式も持っていない。そもそもの運動センスというものがないようで戦闘もからっきしだ。呪術師としては、取るに足らない、という評価が下されるだろう。七海も呪術界の大人たちに倣ってそう思っていた。
だが、彼女の美点は呪術界の凝り固まった評価基準の外にある。そのことを呪術界の大人は知らない。知っているのはきっと七海や夏油だけだ。