投稿日:2020年10月15日 13:07 文字数:8,876
世界を敵に回しても
五条が女子高生をホテルに誘う話(語弊あり)
今は懐かし個人サイトのほうの相互の篝さんの設定をお借りしました。篝さんの作品はpixivにあります。
夢小説作品
この作品は下記の登場人物の名前を変換することができます。
──あの娘は現代の生き神だ。
──彼女こそ神に愛された存在だ。
──神が我々に与えたもう聖女だ。
生き神、神童、聖女──呪術の世界の住人たちは篠原六花に自分たちの望みを託すように様々な呼称を与える。
──どこかの一門が独占すべきものではない。篠原六花という、稀なる《富》は、呪術界全体で管理すべきではないか?
仰々しい、神々しい、呼称とは対照的に、六花の個人としての自由や尊厳は、本人の知らないところで一枚一枚服を剥ぐように奪われていく。
六花は、呪術師としての血統も素養もない一般家庭の出自でありながら、《見えざる強大な力》に庇護された少女だった。
遡って調査をしてみると、彼女の出生と同時刻に各地で変事が起きていたのだが、当時の呪術界で六花の存在に気付いたものはいなかった。東方の三賢人のように生まれて間もない彼女のもとを訪れていれば、事態はまた違っただろう。もしくは、生涯を終えるまで呪術師や呪霊と関わることがなければ、人並みに賢く、人並みに愛嬌のある彼女だったら平凡な幸せを掴んでいたはずだ。
──そうやって、一己の人間の少女を、本人の意思を無視し、どこかの奥深くに閉じ込めておくつもりか。
男の声は凪いだ海のようだった。ただその海の底には太古の神々の怒りのような赤々と煮えたぎるマグマが潜んでいる。そんな不気味な静けさがあった。
男の名前は五条悟。日本の呪術界の名家に生まれ、稀有な能力を持ち、現代の呪術界において《最強の呪術師》と名を冠する者だ。
祖先に菅原道真を持つ五条と、一般家庭に生まれた六花。出自こそ対照的だが、その類稀な力ゆえに命を狙われたり都合良く利用されようとしたり、共通点があった。五条は家柄と戦闘力で害意を持つ者たちを問答無用で蹴散らしてきた。一方の六花は、呪力や呪霊に対しては一瞬で無効化や浄化するほどの力を持つが、人間からの物理的な攻撃や陰謀の前では一般人そのものだ。呪術界の血も涙もない倫理観では保護と称して、良くて舌先三寸で丸め込まれて軟禁、悪くて誘拐同様に監禁、といったところだろう。
──意思? 何をたわけたことを。そんなことを言っている間にあの娘が何者かに連れ去られ、最悪の場合殺められたらどうする。大損失じゃ。
呪術界の老人たちは人権の尊重や本人の意思など端から頭にない。
本来、一般人を害する呪霊を退治する異能力者の集団でしかなかったはずの呪術師たちは、本末転倒にも自分たちの一門や能力をさも特別なものとして存続させることばかりに執心するようになった。
──あぁ、そうだったね。アンタたちはいつでもそうだ。だけど、残念ながら、篠原六花を最初に抑えたのは僕だ。今は呪術高専と僕の監視下にある。言ってしまえば、彼女は僕のものだ。
この平成の世に、聖邪の均衡を保とうとするように、《最強の呪術師》五条悟、《宿儺の器》虎杖悠仁、そして《神の愛し子》篠原六花が現れた。
──あの子がほしいなら僕から力尽くで奪ってみろよ。同門の弱っちい呪術師を数だけ揃えてね。
虎杖も、六花も、この先の五条と呪術界にとって重要な切り札だ。
五条が殊更挑発的に笑うと、老人たちは剣呑な眼光と殺気を顕わにして場の空気をひりつかせた。
こうして、日本の呪術界を行方を占う、重鎮や有力者たちの会合はご破産に終わった。
※
六花が五条に待ち伏せされていたのは授業を終えた放課後のことだった。
帰りのホームルームを終えて校門を出ようとしたところ、先を歩いていた女子生徒たちがみな足を止めて色めきだっている。
もし『じゅん散歩』撮影中の高田純次だったらどうしよう、と心ときめかせながら、女の子たちの後ろから顔を出した六花が目撃したのはなんと知人だった。
すらりとした長躯に上下とも黒い服を身に纏っているのは普段通りだが、目元がいつもの黒い目隠しではなくサングラスだ。それに前髪が下りているくらいの変化なのに、お忍びの芸能人か、はたまたファッション業界の人間か、と見まごうような雰囲気を醸し出している。
彼こそは、東京都立呪術高等専門学校──通称・呪術高専の教師である、五条悟その人だった。高校の敷地を取り囲む塀に背中を預けるようにして立っている。
(もしかして、私に会いに来たのかな。でも私の他にもこの学校に知り合いがいて待っているのかもしれないし……)
五条の交友関係を知らない六花は、声をかけるかかけまいか悩んだ末、ひとまず素知らぬ顔で素通りしてみることにした。みなの注目の的の五条に話しかける勇気はなかったからだ。
サングラスのせいでどこを見ているのか定かではない五条の目の前を通り抜け、塀の角を曲がったところで歩みを止める。あちらから呼び止められなかったので、やはり他の誰かを待っていたか、もしくは休憩していただけか。そう、六花が納得しかけたとき、大きな手が優しく肩を叩いた。
「お疲れ、六花ちゃん♪」
「わぁっ!?」
突然背後を取られた六花は水をかけられた猫のように跳び上がった。
慌てて振り返ると、そこにはつい先程まで校門のそばにいたはずの五条の姿。
何やら、超人的な力を持つらしい呪術高専の面々のうちの一人に、どうやってと尋ねるのは愚問である。六花は別の質問をすることにした。
「五条先生、私に用だったんですか? てっきり他の誰かだと……」
「六花ちゃん、僕と知り合いだと思われたくなそうな顔で歩いていったから。ここで声をかけたのは僕なりの配慮」
「ソ、ソンナコト、ナイ、デスヨ」
完全に胸の内を見透かされている。
五条悟、恐るべし。
六花は苦しまぎれにニコリと微笑んだ。五条もニコリと笑い返してくる。今日はサングラスで目元を覆っているので感情がいまいち読めない。
「そんなことより、五条先生、今日は伏黒くんや真希ちゃんたちいないみたいですけど、いったい何の……?」
「今日はね、なんとこの僕が、六花ちゃんの護衛を務めることになりました。ハイ、拍手。パチパチパチ〜」
「えっ!? あ、はい、パチパチ〜」
その軽妙なトークに乗せられて思わず拍手をしてしまったが、もちろん自分を巡る呪術界のカルテルを知らない六花には五条が自分の護衛につく理由や経緯がさっぱり分からない。
自分が呪霊という異形の存在を寄せ付けないどころか至近距離にいると消し飛ばしてしまうような特異体質ということは最近知らされた。さらに六花の持ち物には本人から手の離れたところでも呪霊を近付けない効果まであるらしい。
呪霊という人を襲う化け物を見聞きしたことも気配も感じたこともない六花には自分の対呪霊の効能は定かではないが。
何しろ、六花が見る、聞く、感じる前に弱めの呪霊は消滅しているし、強めの呪霊はそもそも寄ってこない。そのため六花にとって呪霊はいないも同然だが、その存在を感知できる人たちにとって呪霊は確かにいる。六花はそれでいいと思っている。
そして、その呪霊の存在と自分の特異体質を教えてくれた呪術高専の人たちは、六花のご利益に預かりたいようで、月に何度か同年代の高校生たち──伏黒恵や禪院真希などを遣わしてくる。いてくれるだけでいい、触るだけでいい、と言われるがまま廃墟探検やお宝鑑定をするとそこそこ高額のアルバイト代をくれる。額に汗することなく諭吉何枚も頂いていいのだろうかと思いつつ、六花は大学進学の資金としてソッと銀行口座に入金している。
そのせいなのか、たまに視界の端に黒服の人影を捉えることがある。六花の監視か護衛を任せられた呪術界の人間のようだ。学校や家の中に入ってくることもないし、あちらもそういう大変な仕事なのだ、と変なところで大雑把な思考の持ち主の六花はさほど気にしなかった。
しかし、その黒服の人影が、伏黒や真希たちの教師を務める呪術師──五条悟に代わるのは納得いかない。
生徒たちに言わせると「軽薄で何を考えているか分からないが、冗談みたいに強い」呪術師がわざわざ護衛にやってくるような事態なのだろうか。
「話し合いのときにじいさんたちをちょっと煽りすぎちゃってね。行動に移すことはまだないと思うけど、念のため、ね」
「何の話し合いですか? それは私に関することですか?」
「六花ちゃんは何も気にしなくて大丈夫。身の安全は僕が保証するから。ほら、なんてったって、僕は最強の呪術師だし」
「答えになってないんですけどー!?」
五条の口調は吹けば飛ぶように軽い。
特殊な業界なので部外秘のことは当然あるだろうが、前々から六花に関する重要な問題を知らないところで話し合われて、そこでの決定事項は六花本人に伝わることはない。五条やその周囲の人たちとのやりとりを見るとなんとなく察することはできた。呪術界の関係者と会うたび、無知や境遇を哀れむような、六花の背後にいるものを畏れるような、不思議な眼差しを向けられるのは、決して気分の良いものではない。
「ちゃんと教えてください」
首が痛くなるほど高いところにある端整な顔を睨みつけて言うと、五条は口元に浮かべている余裕たっぷりの笑みを引っ込めた。顔立ちが整っているだけに表情が消えると美術館の彫像のように無機質に感じられる。
「……ねぇ、六花ちゃん。もし、世界中が君を狙っているとしたら、どうする?」
「せ、世界?」
さすがは五条悟と言うべきか、例え話が世界規模。一生に一度のお願い、何時何分何秒地球が何回回ったところ、くらいの壮大なスケールだった。
面食らった六花は大きな瞳をしきりにぱちくりさせる。
「世界を敵に回しても、君を守ってくれる人がいたとして、そのときは手を取るかい?」
「えーっと……そうなったら手を取ると思います。でも、そんなすごい人は現れないし、私の人生にそんな物語みたいなことは起きませんよ」
「そう──聞けて良かった」
五条はニッコリと微笑んだ。無表情から一転して普段通りの向かうところ敵なしの五条のニヤニヤ顔に戻る。その顔を見ていた六花はなぜだが不安に駆られた。
例えばシュミレーションゲームで、キャラクターとの会話の中の何気ない選択肢──朝食はパンか白米か──そんな取るに足らない二者択一がのちの展開に大きく影響することを知ってしまったときに似た、心の曇りだった。もっと考えてから発言すべきだったかもしれない。
「五条先生、あの、私やっぱり──」
「じゃ、六花ちゃん。ホテルに行こうか」
「え?」
いきなり五条の投じた爆弾の威力に、六花の脳内を占めていたモヤモヤがすべて吹っ飛んでいった。
※
「六花ちゃんは普段通りに生活してくれて大丈夫……と言いたいけど、自宅だとおうちの人に危害が及ぶ恐れがあるから、今日はここで僕とカンヅメしてもらうよ」
いわゆるスイートルームと呼ばれるホテルの一室に六花と五条はいた。
日本呪術界の名門・五条家の息のかかったホテルらしく、チェックインの手続きなしで勝手にエレベーターに乗り込み、カードキーを持つ者しか入れない上層階の奥にある部屋だった。
六花はジャグジーのあるバスルームを覗き込んだり、ベッドに腰を下ろしてスプリングの反発を楽しんだり、フリードリンクのミニバーに仰天したり、初めてのスイートルーム宿泊にかなり心ときめかせた。
ひと通り室内を探検して戻ってくると、五条はソファーに腰かけていた。いつの間にか目元を覆い隠すものがサングラスから黒い目隠しに変わっている。五条は自慢げにテレビを指差した。
「暇潰し用にちゃーんと最新ゲーム機も揃えといたよ。僕の島に遊びに来てね。交配を進めて金のバラがあるから」
「随分やり込んでますね!?」
現代最強の呪術師の私生活がちらりと垣間見えたが、むしろ謎は深まるばかりだ。
ちなみに本日の宿泊について、「天文部のお泊まり天体観測に参加させてもらうことになった」と母親に連絡したところ「あら〜、ロマンチックね〜」というコメントとともにあっさり許可が下りた。
六花はひとまず窓際のテーブルに座って宿題をして、飽きると五条の渾身のクリエイトがなされた島を訪問し、その後は初のルームサービスで五条と一緒に夕食を取った。今のところ襲撃の気配はない。
「お風呂、お先に頂きました〜」
広々としたお風呂は楽しかった。浴槽の至るところから勢い良く気泡の入った水が噴き出してくるし、水底がレインボーカラーに代わる代わるライトアップされるし、ボタンを押すとご機嫌なミュージックまで流れる。
ホテルのアメニティの寝間着を借りて出てきた六花はすっかり茹でダコだった。
五条は一人がけのソファーにその長躯を埋めるように深々と座っている。目元が覆われているため、身動きしないと寝ているのか起きているのか分からない。返事がなかったのでそっと忍び寄り、五条の顔の前で手をひらひらさせようとしたら「起きてるよ」と笑いを噛み殺すような声で言われた。
「お風呂どうぞ」
「うん、ありがとう」
とは言うものの、五条に立ち上がる気配がないので、もしかして六花のそばから離れずに不眠不休で護衛をするつもりなのかもしれない。そんなに本格的に護衛してもらうとは思っていなかったので、六花は少し焦った。
「あの、私に構わずお風呂入ったりベッドで休んだりしてくださいね。そばにいたほうが都合が良いなら、先生の入浴中はバスルームの隅っこで背中向けていますので」
「それはちょっと面白そうなシチュエーションだけど遠慮しておこうかな。気にせず子供は早く寝なさい」
「じゃあ、お話してくれたら寝ます」
六花はベッドに腰かけると、大粒の黒瞳で五条をじっと見据える。五条の顔が六花のほうに向けられたので見つめ返されているようだ。どんな眼差しか知る由もないが、興味深そうな目をしている気がした。
「寝物語にどんな話がお望みだい?」
「私の呪霊を寄せ付けない体質や呪術界での私の立場について詳しく教えてください」
「君については機密扱いでね。君本人にも伝えられないことがあるんだ」
「……じゃあ、脅してでも、五条先生には話してもらいます」
「へぇ? 僕を脅す? どんなふうに?」
六花はベッドからゆっくり立ち上がると五条の正面に向かう。呪霊や呪力をほぼ無効化する能力を除けば、ただの一般人で戦闘力など皆無の六花が相手なので、五条は完全に舐めきっている。迎撃体勢を取るどころかソファーから身体を起こそうともしない。
この手だけはなるべく使いたくなかったが仕方ない──六花は座っている五条の肩に手を置いて屈み込んだ。お互いの吐息がかかりそうな距離まで顔を近付けると、六花は至極真面目な面持ちで言った。
「未成年者への強制わいせつがあったと通報します」
「…………ん?」
「冤罪で前科者になりたくなかったら、隠している私の情報を教えてください」
六花から嘘の証言で刑事告訴すると宣言された五条は想定の斜め上をゆく脅しにしばし言葉を失ったようだった。最強の呪術師に対する脅迫としてわいせつ事件の冤罪を吹っかけるは予想外だったし斬新すぎた。ごくごく真剣な顔の六花の手前、しばらくはこらえていたようだが、とうとう我慢できなくなった五条は声を上げた。
「フ……ククッ……ハハ、アハハハハ!!」
今度は六花が目と口をまんまるにしてポカンとする側だった。どうして脅迫した相手に爆笑されているのか分からない。そんなにおかしなことを言っただろうか。
腹を抱えてさんざん笑った五条はどうにか呼吸を整えると、唖然としている六花に優しげな声をかけた。
「いいよ。久しぶりに笑わせてもらったから話してあげるよ」
六花の渾身の脅しに対し、笑わせてもらったという返答は釈然としないが、話してくれるのであれば何でもいい。六花はベッドまで戻るとそこにちょこんと座った。
「──さて、何から話そうか。まずは君を守護するものについて。有り体に言えば、君は神に愛されている。もう少し具体的に言うと《意思を持った何らかの強大な力》が君だけを依怙贔屓して邪悪なものから守護するために働いているんだ。便宜上、僕らは《神》と呼んでいるけどその正体は分からない。神様には会ったことないからね。見る人が見れば清浄な発光体というところかな。その光が君を常に包み込んでいる」
これまでは呪霊を寄せ付けない体質としか説明されてこなかったが、ようやく呪術界の住人たちに奇異な目で見られる理由がなんとなく分かってきた気がする。
そういえば、よく当たると噂の占い師のもとを訪れたときに六花を目にした途端に腰を抜かして椅子から転げ落ちていた。こうして思い返してみると、もしかして、という出来事を何個か覚えがある。
「呪術界──呪術師たちの集まりとしては、君のことは保護対象と見ている。呪術師たちは呪霊退治が生業だからね。君ほど便利な存在はないから、呪術界全体で保護し呪霊退治に利用させてもらうか、どこぞの呪術師の名家だけで独占するか……そこはまだ決まっていない。でも、その決定に君の意思はまず考慮も尊重もされない。君のことを、君が会ったこともないような爺さんたちが知らないところで決めるんだ。ひどい話だよね?」
五条が皮肉げに茶化す様子を見ると、六花の意思を顧みない呪術界の代表者たちを良く思っていないようだ。
見知らぬ呪術師たちの俎上にいつの間にか自分が載せられている不気味さにゾッとした六花は「勝手すぎます。ひどいです。人権軽視です」と五条に賛同して頷いた。
「高校卒業、いや大学卒業かな、君がまともな人生を歩めるのはそのあたりがタイムリミットだ。すでに片足突っ込んでいるけど、それ以降には僕らの世界に完全に取り込まれてしまうだろうね。──呪詛師たちの動きや宿儺の器によっては、もっと早く、今年中にもなるかもしれないかな」
「取り込まれる、と言うのは、私はどういう扱いになるんでしょうか?」
「まぁ、真っ当な学生やサラリーマンは無理だね。家族にもめったに会えないかもしれない。表面上は御神体みたいにありがたがられて、でも実際は立派な屋敷の奥深くに閉じ込められて、呪術師にとって都合の良い道具として一生を終える。それが篠原六花の扱いだ」
「じ……人権無視はなはだしい! いつの時代の話ですか? 今から警察に駆け込んでいいですか!? 保護シェルターとかで匿ってもらえませんかね!?」
「まず無理だろうね」
「暗黒面に落ちたいぃぃぃ!!」
六花は頭を抱えた。自分も、公権力も、呪術界を前にしたら無力なのだろうか。呪術界にとっては吹けば飛ぶような一般人だからといって何もかも蹂躪されていいわけがない。
「表向き、呪術師は一般人を呪霊から守ることが使命なんて綺麗事言っているけど、奴らは古い体制の維持と自分たち一門の繁栄しか考えていないよ」
「……じゃあ、先生は? 五条先生は何を考えているんですか?」
「うーん、僕はねぇ──」
それまで滔々と語り続けてきた五条が口を噤んだ。少しだけ俯いた顔に光量を絞った間接照明による濃い陰影が落ちる。全身黒ずくめの服で、目隠しまで真っ黒、白いのは髪と肌だけというモノトーンの容姿は、暖色系でまとめられた室内の中では異質だった。
「呪術界にでっかい風穴を開けたいと思ってるよ。何百年も閉め切っているからカビ臭いし、加齢臭もすごいから、風通しを良くして換気しないとね」
五条はなんでもないことのようにさらりと言ってのけたが、これは旧態依然とした呪術界全体への反逆を目論んでいる、と受け止めてしまっていいのだろうか。しかし、六花はその物騒この上ない発言に一筋の光明を見出したように感じた。
「五条先生!」
六花は勢い良くベッドから立ち上がると、五条に掴みかからん剣幕で迫った。先程の強制わいせつ行為の濡れ衣を着せようとするとき以上の必死さだ。
「私を利用してください!」
「……うん?」
「きっと利害は一致すると思うんです、私と五条先生。私への見返りは自由の保証だけで構いません。もし、五条先生が呪術師の世界を敵に回すというのなら、私を好きなようにしてください!」
「…………あのね、六花ちゃん。女の子が『好きなようにしてください』なんて言うものじゃないよ。悪い男に騙されるから」
向こう見ずな六花の行動にあの五条が呆れて苦笑いを浮かべている。
「君には注意しておきたいことが他にもあるけど、ひとまず置いとくよ。──オーケー、六花ちゃん。一緒に世界を敵に回そうよ。君に犠牲ばかり強いる老人たちは俺たちで蹴散らしてしまおう」
現代最強の呪術師・五条悟が自分の味方についてくれた。これほどの自身の安全があるだろうか。六花は交渉がうまくいったことにホッと胸を撫で下ろした。
やれやれ、大きな心配事が一つ消えて今晩はぐっすり眠れそうだ、とベッドに戻ろうとした六花だったが、急に進めなくなった。ソファーに腰かけたままの五条が、六花の指先を絡め取るように手を繋ぎ、その場に引き留めたからだ。ほとんど力を込めているようには見えないのに、腕だけではなく足から根っこが生えたように身動きが取れない。
「──ただし、六花ちゃん。僕たち呪術師にとって君は据え膳でしかない。さっきの《強制わいせつ》だっけ? そんなのは何の脅しにもならないんだ。好都合、いっそ濡れ衣を事実にしてしまえ、と思う輩だってたくさんいるだろうね。心得ておくように」
「…………はい。ごめんなさい。二度と言いません」
ぐっすり安眠とはいかなそうだ。