砂鳥

しがないNL厨の夢豚
なかなかPCに触れず個人サイト更新が難しいので、ひとまず完成した作品はこちらに掲載しています。

投稿日:2020年07月27日 10:02    文字数:4,932

嫁入らせ候へ

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宇髄天元の第4夫人(???)の話

夢小説作品

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嫁入らせ候へ
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 先の任務遂行中に重傷を負い、蝶屋敷で手厚い看護を受けていたはずの大庭薫子は、気付けば音柱の屋敷にいた。
 昨晩ぐっすり眠り込んでいた薫子は知る由もなかったが、蝶屋敷の主である蟲柱・胡蝶しのぶの留守中に患者がベッドから忽然と姿を消したと、上を下への大騒ぎである。
 見覚えのない天井を訝しみつつ薫子は布団から身体を起こす。左腕を負傷しているために苦戦した。そこで、はたと、自分の布団の傍らに長躯の男が座っていることに気付いた。
 その長身と派手な見た目だというのにどうやって気配を消していたのだろう──その人物は音柱・宇髄天元その人である。
 最後に彼の姿を見たのは、薫子自身の血飛沫の中だった。
 相手は柱だというのに、つい「ご無事だったんですね」と差し出口を利きそうになった薫子を制し、天元はしかつめらしい顔で言った。

「お前は今日から俺の嫁だ」

 庭から聞こえる鳥の囀りも、廊下を行き来する家人の足音も、すべてが別の世界のことのように遠い。薫子の周りだけ時が止まってしまったように感じられた。しかし、現実においては十秒ほどの短い時間だった。

「…………はあ?」
「上官に向かって『はあ?』とはなんだ。取って食うぞ」
「『はあ?』ですよ。いったい奥さん何人なら満足するんですか。ご自分の大奥でも作るつもりですか。天下の大将軍ですか」
「あー、はいはい、それで結構だ。俺は任務があるので行くぜ。お前はゆっくりしてろ」
「私も! 私も行きます!」

 立ち上がって部屋から出て行こうとする天元を慌てて追いかける薫子。その額を、振り返った天元の人差し指がグッと押さえた。指一本なのに恐るべき力で前に進めなくなる。

「ちょっと! 天元ど──」
「来るな」

 聞いたことがないほど冷たくて硬質な声だった。
 薫子は初めてのことに立ち竦んだ。
 ゆっくりと、額から天元の指が離れたが、足から根っこが生えたように動けなかった。

「詳しいことは他の嫁たちに聞け。仲良くしろよ」

 そう言うと、天元は白煙だけ残し、薫子の前から姿を消した。
 取り残された薫子は、薄れていく煙を茫然と見つめる他なかった。
 そういえば天元から「俺の嫁」と言われた覚えがあるがいったい何だったのだろう。

 ※

 天元の「俺の嫁」発言から早一ヶ月。
 薫子はまだ天元の屋敷にいた。
 天元の姿を見かけることはあったが、声をかけようとすると、どんな忍法なのか分からないが瞬く間に消えてしまう。
 勝手に出て行こうとすると、どこからともなく天元の美しき妻たちが現れて、薫子を取り囲んで屋敷の中へと押し戻す。明らかに天元の指示である。

 ──これはいわゆる軟禁なのでは?

 薫子の鎹鴉は姿を消してしまったし、日輪刀は蝶屋敷なのか手元にないし、これでは任務に出ることができない。
 その代わり、天元の妻たちが毎日やってきて薫子に炊事、裁縫、掃除、洗濯などを手伝わせる。
 そして夜になると、薫子の部屋に各人お菓子を持ち寄り、ああでもないこうでもないと雑談に花を咲かせるのだった。
 今晩の話題は「新妻を迎えたというのに天元様の夜のお渡りがない」件について。ここで言う「新妻」とは薫子のことを指す。
 天元の先妻たちは、天元の寵愛を誰か一人が独占するものではなく、みんなで分かち合うものと思っているらしい。その「みんな」の中に薫子を加えてくれているようで、薫子そっちのけで天元の妻たちの対策会議は白熱していた。

「アンタ市井の出だもの、房中術なんて知るわけないもんねえ」
「ボウチュウジュツ? 棒術なら覚えがあります」

 急に話を振られた薫子は至極真面目に答えたつもりだったが、ダメだこりゃ、と妻たちにがっくりと肩を落とされた。
 天元の妻の一人──まきをが持参した風呂敷を紐解いてポイポイと肩越しに放り投げてくるものを、薫子は受け取っていく。

「これは張り形。分かる?」
「ハリガタ」
「本当にアンタっておぼこねぇ」

 天元の妻のさらに一人──須磨が薫子の耳に手を当ててそっと囁いた。時間にして二十秒ほど。最初のうちは赤面していた薫子だったが、その説明が終わる頃には顔面蒼白になってぷるぷると震え始めた。

「ム、ムムム、ムリです! 物理の法則に反している!」
「無理じゃないわよ。これは私たちくノ一に伝わるぬめり薬なんだけど」

 天元の妻の最後の一人──雛鶴は、まきをに投げ渡されて薫子が抱えていた秘密道具の中から小瓶を手に取る。深い緑色の硝子瓶には三分の二ほど液体が満たされている。

「天元様は身の丈も、器量も、“あちら”も、規格外の方だから。しばらく張り形とぬめり薬で慣らして、閨に呼ばれる日を待てば大丈夫よ」
「ヒェ〜〜〜……」

 くノ一たちの明け透けすぎる助言に薫子は力ない悲鳴をあげる他なかった。
 考えれば考えるほど、天元の「俺の嫁」発言は何かの間違いに思えてきた。「俺の使えない部下」や「俺のタダ飯食いの居候」の言い間違いの可能性はないだろうか。あるいは──

「天元どのは責任を感じて……」
「責任?」

 ぽつりと漏らした薫子のひとりごとに雛鶴がすかさず反応した。他の妻たちも、言葉の続きを待つようにじっと見つめてくるので、薫子は俯いて己の左腕をさする。

「私が天元どのを庇って怪我をしたと、だから引き取り手のいない傷物の娘を嫁に取ってやろうと、そう思ったのでしょう。……お優しいこと」

 薫子は途中から合流した天元との任務中に鬼の攻撃を受けて左肩甲骨から左腕の半ばにかけて深い傷を負った。
 傷口はようやく塞がったところだが、まだ生々しい傷痕は一生残るだろう。手の痺れに関してはこれからの鍛錬次第で気にならない程度になるかもしれない。
 治療を施してくれた蟲柱・胡蝶しのぶがそのように淡々と説明をしてくれた。

「そんな、天元様は──」
「須磨。……薫子がそう思うのも無理ないわ。天元様は何も仰ってないようだし。わけも分からないまま妻になれと言われても、困惑するだけでしょう」

 この場にいない天元を庇おうとした須磨に代わって、雛鶴は優しげな声音で薫子に語りかける。そして、薫子のとなりに座る須磨にちらりと目配せした。須磨は、スゥッと息を吸ったかと思うと、口元に手を当てて屋敷中に轟かんばかりの大声を張り上げた。

「キャーーー! 天元様ーーー! 薫子さんが傷が痛むと言ってド派手に血反吐吐きながら悶え苦しんでまーーーす!! あっ、痙攣です、さかさまになったコオロギみたいに痙攣してまーす!!」

「須磨さーん!? ご乱心ですか!?」

 いきなり急病人に仕立て上げられ、架空の病状まで事細かに叫ばれた薫子が慌てて止めようとしたとき、障子戸の向こうの廊下に突然ぬっと大きな人影が現れた。凄まじい音とともに戸が開け放たれた。

「薫子! まだ生きてるか!?」

 この屋敷の主──宇髄天元。
 真正面から見るのは久しぶりだった。
 同じようなセリフを、腕に深い傷を負ったときに聞いた覚えがある。
 天元は、何が何だか分からず目をぱちくりさせている薫子を確認するとほっとした顔になった。しかし、その直後には悪鬼のごとく眉を吊り上げた。

「須磨の奴……どこに行きやがった……」
「え? あっ、いない!」

 天元の言葉に背後を振り返ると、須磨だけでなく、まきをや雛鶴まで、薫子の部屋から忽然と姿を消していた。まさしく忍者屋敷である。
 やり方はどうかと思うが、天元と差し向かいで話をしろという計らいに違いない、と薫子は心優しいくノ一たちに感謝した。

「あの、天元どの……」
「オイ──」

 天元の視線が、薫子を通り越して、薫子の背後の下あたりに注がれている。
 不思議に思ってその視線を追いかけると、そこにはくノ一の秘密道具の数々が置き去りにされていた。
 薫子は、雷の呼吸の使い手と見まごうような素早さで風呂敷の上に回収し、部屋の隅にぎゅうぎゅうに押し詰めた。

「なんだ今の──」
「ナンデモアリマセン」
「いや、なんでもないことはねえだろ」
「ナンデモアリマセン。例エ、ナンデアッタトシテモ、私トハ無関係デス」

 頑なに知らぬ存ぜぬを貫く薫子に、珍しく天元のほうが先に折れた。武士(元忍だが)の情けだろうか、呆れたような溜め息の後に話題を変えてくれた。

「調子はどうだ?」
「あ、はい、吐血も痙攣もしてません」
「そっちじゃねえ。怪我の具合だ」

 天元の言葉に、薫子は己の左腕に触れた。
 ひと月ほど前に抜糸は終えたものの完全にふさがったわけではない。たまに傷跡が引き攣れたり雨の日にしくしく痛んだりすることはあるが、腕はしっかりと生えているし、五本の指も無事だ。剣士としての大庭薫子はまだ健在だ。

「すぐ任務に向かえます」

 薫子は瞳に意志の光を宿して告げた。
 それなのに天元はしかつめらしい顔で「ダメだ」と首を横に振る。

「お前が任務に出る必要はない」
「私が任務に出る必要があるかないか、そればっかりは天元どのに指図される筋合いありません」
「ああん!? 俺は上官だぞ! 夫だぞ! 神だぞ!」
「上官なら上官らしく戦場に快く送り出してください! それに天元どのと結婚した記憶はこれっぽっちもありません! あと、天元どのを信仰してません!」

 天元に言い負けないように薫子は声を張り上げる。
 自称・薫子の上官であり夫でも神だという天元は、薫子からの怒涛の反論を受け、冷徹な眼差しになった。

「お前みたいに地味で弱っちい剣士、良くてせいぜい柱が来るまでの時間稼ぎ、悪くて鬼の晩飯。いずれ鬼との戦いの中で無様に死に晒すだろうさ。だから、俺の庇護下に入って引っ込んどけ。どこにも行くな」

 天元のことをよく知らない者が耳にすれば自分勝手で思いやりに欠けた言い草に聞こえるだろう。だが、幾度となく死を賭してともに任務をこなしてきた薫子には部下を案じる天元の気持ちが伝わってきた。
 それでも、これまで鬼と戦ってきた自分自身や、同じように死闘を繰り広げてきて命を散らした剣士たちを思うと、声を荒らげずにはいられなかった。

「時間稼ぎ、結構! 鬼の晩飯、結構! 無様に死に晒すのなんて百も承知です! そんなことは鬼殺隊に入った頃から覚悟していました! それを、なぜ、あなたが、よりによって天元どのが……」
「お前に死んでほしくないからだ」

 天元のきっぱりとした一言が、薫子の嘆きを遮った。薫子からの視線を受けて、天元はきまり悪そうに頭を掻いて言葉を続ける。

「お前が倒れたときに気付いたが……俺は、お前にだけは死なれたくないらしい」
「私だって、天元どのには死んでほしくありません。でも私たちが戦わなくちゃ、無辜の人間が大勢死にます」
「そんなことは分かってるよ。だからド派手に強い、この俺が戦う。薫子、お前は死に急ぐな。俺の帰りだけを待て」

 天元の意志は固いようだ。
 だが、薫子の意志も、同様に固かった。

「お気持ちは大変ありがたいのですが、私をそんなふうに壊れやすいものみたいに大事に扱わないでください。私は頑丈ですし、わりと薄汚れています。無駄死にして、天元どのに後悔を背負わせるようなことはしません。私は戦います。絶対に誰かの帰りなんておとなしく待ちません」

 薫子と天元はしばし睨み合った。
 天元は顔立ちが整っているだけに、真顔で睨みを利かせるとかなり迫力がある。
 しかし、その眼力に負けて、名ばかりの天元の妻として家に引きこもっているわけにはいかないので、薫子は一歩も譲らなかった。
 視線の火花を散らすこと数十秒──諦めたように目を伏せたのは天元のほうだった。

「……勝手にしろ」
「します!」
「これだけは約束しろ。俺の嫁は、絶対に俺より先に死ぬな」
「その設定まだ続いてるんですか?」
「設定じゃねえ!」

 こうして、薫子は名実ともに宇髄天元の四番目の妻になった、のかもしれない。
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