投稿日:2017年06月07日 20:29 文字数:2,009
ねむれやねむれ
夢小説作品
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ここらの基準を引いてこなくとも、じゅうぶん「宵の口」で通る頃。イマドキはちいさなお子様だって、塾だなんだでこの時間はまだ表を飛び回っているだろう。
ぐったりと重い りりの体をふとんへ転がすように寝かせて、銀さんはほっと息をついた。
お江戸はかぶき町の片隅にこじんまりと在るおだんご屋。そのまたおまけのような小部屋にさっそく細い寝息がひびく。銀さんが足でテキトーに広げたくしゃくしゃの寝床には、しあわせそーな寝顔があった。
なにも知らずにいい気なモンだ。銀さんはむっすり頭を掻いた。どうしても風呂へ行くと言うから連れていったはいいものの、案の定湯船で眠ってしまってあやうく溺れかけたのだ。居合わせた親切なババアどもが引っ張り出してくれなければ今頃どうなっていたことか。
念の為風呂には入らずに男湯で待っていた銀さんが騒ぎを聞いて駆けつけた時には、もはや呼んでも叩いても りりはびくともしやしない。しかたなく銀さんが背中にかついで、やっと帰ってきたのだった。
「ちっ」
せっかく覗けた女湯が何も目に入らなかったじゃねーか。
それでも彼女の安眠の為、銀さんは部屋の明かりを消して、自分はかたわらへあぐらをかいた。
おろした尻のすぐそばでゆっくり上下する黒髪を、さらさらと手慰みにすきこぼす。人騒がせには参ったが、よほど疲れていたのは間違いない。
今日の客達はいつものとえらく毛色が違ったから。
昨夜突然、このだんご屋とおぼしき画像がネットで拡散されたらしい。
「風俗街のすきまに息づく懐かしい下町の風景」
だなんて、しゃらくさい見出しを付けられて。
それを見てきた若い娘が今日は朝から引きも切らずで、古ぼけた椅子を見てはきゃあきゃあ、だんごを見てはスマホでぱしゃぱしゃ。まるで仕事になりやしない。
よせばいいのに りり本人がすっかりその気になってしまって、言われるままにポーズまで決めてモデルをつとめはじめる始末。おおかた夢でも見ていたんだろう、「レトロな甘味処とかわいい看板娘さん」と、♯とれんど入りする自分の姿を。
「見ならいてぇよ、そのポジティブさ」
手に取れるよーな浅はかさにたまらずぷふっと吹き出した。
ふと見ると りりは両手をにぎり、赤ん坊のように丸まっていた。飽きずに頭を撫でながら自然と口元がゆるむのを、さいわい見ている者はない。
にやにや鼻の下をのばしたまま銀さんも布団へ横になった。鼻先が今にもふれそうなくらい、 りりのすぐそばへ顔を寄せて。
が、くしゃり鼻面にしわを寄せると りりは背中を向けてしまった。
「あせくさい…」
「か、かわいくねぇぇ…!」
誰のせいで風呂に入れなかったと思ってんだ。
けれどすぐまたごろんぽてんと今度はこちら向きに寝返って、ふわふわ宙を探る両手が銀さんをつかまえにぎりしめた。
「………」
だからといって、口が裂けても「かわいい」だのとは言ってやらないのだ。
そのままどれほど経ったのか。ゆっくりと、同じリズムでぽん…、ぽん…、と背中をたたきあやしてやるうち、銀さんにも眠気がおとずれる。わた飴のように甘いもやが心地よく頭を霞ませていった。
だからだ。うっかり銀さんは、心の奥にふと浮かぶまま真、短いメロディを声に乗せた。
「赤ちゃん 夜泣きで ふふんふふん」
それは歌の形などほぼ成していない、やや節のついたつぶやきと言ったほうが正しいような「何か」
けれどもややくぐもったその声は、のどかな薄暗がりの寝室にゆったり、やわらかにしみわたり、銀さんはうろ覚えと言うのもおこがましい続きを機嫌良くくちずさんだ。
「ふん、ふふ、ふふふん むにゃっむむん」
「ひやひや、ひやの…」
そのときだ。
それまで何をしても起きなかった りりの目が「かっ!」と見開かれた。
「へっ?え、え、え、なに?!」
ぎょっと身を引く銀さんを追いかけて りりが起きあがる。それはもう大変な勢いで。
「今っ!」
「はい?!」
「今歌ったっ?!銀ちゃん!今歌ったでしょ?!歌!ねえ?歌っ!!」
「ちょ、おち、おちつけって、ちょ、何コワイ!!」
興奮のあまりぎらぎらと凶悪なまでに血走る白目。らんらんと光るその瞳にはもう眠気など跡形もない。 りりは銀さんの胸ぐらをぐいぐいつかみぶん回し、今にもしゃぶりつかんばかりだ。
悪いクスリでも嗅がせたかのよう。だめだこのままじゃあ朝まで寝そうにない。
「もっかい!もっかい歌って!ふわああああああ!銀ちゃんの子守唄聞いちゃったああああああああ!」
「あああうるせぇぇぇぇぇ!いいから寝ろっ!!」
「ぐふっ?!」
とすっと首の後ろを打って銀さんは りりを「おとなしく」させた。
二度と歌など口にするか。
心に深ーく刻みつけて。
おしまい